嫉妬の原因が増えたらしく
(元々、人気のある方だから……)
学院へ通っている令嬢にとって、年齢のつり合い良し。
すでに公爵位を持っていて、結婚したら間違いなく公爵夫人になれる。
しかもうるさい義理両親もなし。
そして本人の容姿もすこぶる良いときた。
今婚約者がいる令嬢でも、ラース様の気持ちを自分に向けられさえすれば、親も喜んで婚約相手を変えるだろう。
そんなラース様と、一緒の馬車に乗って来たのだ。多少なりと冷たい目を向けられてもおかしくはなかった。
同時に、私はラース様の判断に改めてうなずく気持ちになっていた。
(これは……誰かの情報から、同じ館に住んでいるとわかったら、もっとひどくなっていたかも)
そこまで考え及ばなかったのは、私がエルヴァスティ伯爵家から逃げることにばかり気持ちが向いていたのだろう。
(これからはもう少し考えなくては)
心の中でうなずき、ラース様とは別れて自分の授業を受ける場所へ向かう。
「おはようございますリネア様」
「ごきげんようブレンダ様」
今日の宗教学の授業を行う広間で、ブレンダ嬢と合流した。
「今日は私の友人達も同席させていただいてよろしいですか? リネア様」
ブレンダ嬢は、今までずっと仲良くしてきた友人二人と一緒にいた。
おそらく昨日私と会話した様子から、交流をさせても問題ないとブレンダ嬢は考えたのだろう。
この人は、そこまで危険な相手ではない……と。
友人達の方も、ブレンダ嬢と私の様子を見た上で大丈夫だと判断したに違いない。
うがった見方ばかりしてしまう自分に、少し落ち込んだが、すでに習性になってしまっているので仕方ない。
ブレンダ嬢の気遣いを無にしないよう、私は気持ちを切り替えて微笑んでみせた。
「今日はよろしくお願いいたします」
自分から挨拶をすると、ブレンダ嬢の友人達も名前を名乗って話しかけてくれる。
まずはあたりさわりのない、天気のこと、授業のこと。
でもそれでもいい、と私は安らぎを感じながら耳をかたむける。
なにせささやかな話題すらできなかった身としては、普通に会話もできるし、周囲から味方だと感じられる人が側にいる状況なのだから。
ただ、どうしても視線は感じる。
いつも通りの突き刺さるような視線は……やっぱりオーグレン公爵令嬢エレナだ。
(アルベルトとの婚約は解消されたはずなのに)
未だに敵意を持っているのはなぜだろう。
不思議に思いながら、私は授業を終える。
次の授業は音楽だ。
今日は一か月前に出されていた課題曲を弾く。
そのためにバイオリンを各自が持ってきているのだけど、
ケースから取り出そうとしたところで、背後で「きゃっ!」と小さな声が上がった。
「え?」
振り返れば、私の背後でしりもちをついている令嬢がいる。
混乱しながらも私を凝視して、足元や周囲を見回している様子から(あ……)と気づいた。
(たぶん、私にぶつかろうとしたんだわ)
「わ、わたし!」
予想外のことに、予定していた言葉が出て来なかったのだろう、ほんの二秒ほどためらった隙のことだ。
「エルティナ様、よろめくなんて具合が悪いのですか?」
「顔色も良くないですよ」
様子を見ていたブレンダ嬢の友人が心配顔でそう言えば、エルティナ嬢はぐっと言葉に詰まる。
きっと具合が悪いふりをして私にぶつかり、バイオリンを落とさせようと計画していたのだと思う。
けど問題があった。
それは私が……ブロックスキルでオーグレン公爵令嬢と取り巻きが近づけないようにしていたから。
おかげでよろめいたふりをしたエルティナ嬢は、私のスキルによる壁にぶつかって弾かれ、私から少し離れた場所で転んだのだ。
今となっては、ふいに私の近くで転んだだけの状態になってしまっている。
この状態で、しかも二人にしっかりとぶつかっていないと目撃されていては、どうしようもないだろう。
エルティナ嬢は顔を真っ赤にして「失礼!」と言ってこの場を離れた。
「まぁ不思議な……」
ブレンダ嬢は少し笑いそうになりながら、そうつぶやいた。
その表情から、たぶんスキルについてもラース様から聞いているのだろうな、と私は察したのだった。
「それにしても、複数人で固まっていれば接触はなくなると思ったのですが……」
ブレンダ嬢はそこだけは不可解なようだ。
「私にもなんとも……。エレナ様が、ヘルクヴィスト伯爵子息のことを気にしていらしたのは知っていましたけれど、もう私は婚約者ではありませんし」
なぜ、いまだにこちらに敵意を向けるのか。
「ただひたすら気に入らないだけなのでしょうか」
時々ある。初対面の見知らぬ女性に「なんだか気に入らない」と意地悪なことを言われたことだってある。おそらく理性的な人ではなく、自分の感性のみで好悪を振り分けて生きているのだと思う。
普通なら、相手をよく知らないし何もされたことがなければ、『関わらないでおく人』に相手を振り分けて、遠ざかるだけでいちいち攻撃してくることはないし、そのまま忘れてしまうものだろう。
オーグレン公爵令嬢も、そういう類なのかもしれない。
「んー。私の知っている限りでは、そういう感じではなく、やはり私怨のように思うのですが」
ブレンダ嬢の評に、私はますます首をかしげる。
一体どうしたっていうのだろう。まさかラース様にまで気があったのだろうか。
それで私を恨んでいるのだとしたら、納得できるのだけど。
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