推測と、学院生活の波乱の予感
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「王子とはほとんどお目通りしたことがなかったから、つい忘れていたのよね」
こうしてスヴァルド公爵家で暮らし始めて、気持ちが落ち着いたせいだろうか。
今まで気づかなかった物に、後でハッとすることがある。
王子のこともそうだ。
ラース様が赤みの強い瞳の色なことを見ていると、ふっと夢のことを思い出した。
そういえば、赤い瞳の男の人を見たな……と。
その流れでラース様と瞳の色の話になり、王族にはこの色が多いことを知ったのだ。結果、王子ではないかと気づいたわけで。
ぼんやりしすぎではあるけれど、正直、世界のなにもかもがどうでもいいという気分だったので、記憶に残らないのも仕方ないと、私は自分をなぐさめることにした。
「そういえば、未来では捕まって王宮の牢にいたのだもの。それに救国の乙女に、王子が関わっているのは当然だわ」
特殊な魔法が使える人間を野放しにするわけがない。
そう考えると、ミシェリアはアルベルトと結婚はできないのでは?
「王族が身内にしたがるでしょうに。アルベルトと純愛(?)を貫くとしたら、アルベルト自身が王家にでも暗殺されるのではないかしら?」
その場合は……と考えて、私はラース様の家に逃げ込む前に出会った、アルベルトの父ヘルクヴィスト伯爵のことを思い出す。
あの伯爵なら、先に引くことで王家に恩を売るように動くかもしれない。
アルベルトの気持ちはどうかわからないけれど、父親にそうするよう強要されたら、うなずくのではないかしら? 私との婚約を決めた時のように。
「そしてミシェリアを諦めて、未来の王妃との繋がりを取る……という判断をするかもしれない」
十分に考えられる未来だ。
ミシェリアが、間違いなく救国の乙女になるならば。
「でも私は、彼女をどこかの森に捨てる必要もないし、する気はないし。だとしたらミシェリアは魔術士に会うこともなくて、魔術の才能についても知らないままでは?」
もちろん救国の乙女になんてならない。
私も自分に悪意を持っているらしい人物に、わざわざ才能があるなんて教える気もないし。まず最初に私を害そうとしそうで怖いもの。
「その場合、婚約を解消したのだから、アルベルトがミシェリアと結婚……はやっぱり無理よね」
アルベルトが貴族をやめない限り、もしくはミシェリアが救国の乙女にならずに貴族籍に戻らない限りは、あの父が認めないし、アルベルトも二の足を踏むはずだ。
アルベルトが父親に従う限り、ミシェリアは愛人の地位にしかなれない。
本人もわかっているのではないかと……。
「わかっているわよね? 元貴族令嬢なのだし」
まさか知らないということはない……と思いたい。自信がなくなるのは、ミシェリアが堂々と私にいやがらせをしていたからだ。
本妻相手に嫌がらせをしたところで、立場だけは変わることはないのに。
「問題になるのは、うちの父エルヴァスティ伯爵だけね」
あの人さえ捕縛し、行動を止められたら、救国の乙女も必要ないのでは。
今の、ラース様が監視をしてくれているけれど、エルヴァスティ伯爵は全く尻尾を出さないらしい。先日来ていた隣国の将軍も、姿を現していないのだとか。
ラース様は、もしかするとなにか警戒しているのかもしれない。だから悟られないように慎重にしたいと言っていた。
もしくは、すでに肝心のやり取りを全て終えた後なのかもしれない……と。
「物語の通りに進むとしたら、隣国では動きがあってもいい頃だものね。手はずは整った後かもというのは、納得できるわ」
だとすると、いよいよエルヴァスティ伯爵を告発するためには、何らかの証拠をつかむしかないわけだが。
「ラース様やアシェル様の調査を待つしかないか」
現状、私がやるべきことは、私が告発を行った後で濡れ衣を着せられたりしないよう、味方を増やすことだ。
なので翌日も、学院へ行く。
今日はすでにラース様と交友があると知られているので、ラース様と一緒の馬車に乗った。
しかしこんなに堂々と、ラース様との間に何らかの関係があるとわかる方法をとってもいいものなのか。ちょっと気になるので、ラース様に聞いてみたのだけど。
「うん。そこは気になっているとは思ったけど、一つ問題があるから、逆に堂々と一緒にいた方がいいと思って」
「問題……あ」
言われて私は思い出す。
今現在、レーディン伯爵家の娘になっているはずの私が、実父エルヴァスティ伯爵や、元婚約者の父ヘルクヴィスト伯爵が怨恨からなにかしてくるかもしれないので、身を守るためにもラース様のところへ身を寄せているのだ。
婚約者でもない相手の家に、居候。
養父母が認めてくれていても、ちょっと奇異なことに違いはない。
当然、それを後から知った貴族の子息令嬢は、また私を攻撃する材料に使いそうだ。
ラース様はそれならば、先に一緒にいるのはラース様の意志でもあると示した方がいいと判断したようだ。
むしろ友人に質問をさせて、その状況を周囲が聞こえるようにして、周知するのだとか。
「隠せば隠すほど、後ろ暗いところがあると思われかねないから。むしろ堂々としていた方が、真実味があるからね。さ、ついたようだ」
馬車が学院のエントランス前に停車する。
扉が開かれて、先にアシェル様が降車した。
続いてラース様。
そのラース様に手を差し伸べられて降りた私は。
(……どう説明しても、嫉妬はされそうだわ)
ちょうどエントランスに居た令嬢達の冷たい眼差しが私に突き刺さるのを感じていた。