思い出したものは
侵略を手引きしたはずの父が堂々と王宮を歩いていて……私が、虜囚として鎖につながれている夢だ。
それを、砂色の髪に赤い瞳の青年に見せられ、なぜ自分はこんな状態に陥っているのかと、絶望していた。
その時、赤い瞳の青年が呼びかけた相手。
肩までの銀の髪を揺らした人物。
夢の中の彼は、ほんの少し背が伸びているけれど、はっきりと思い出した今は間違いないと言える。
あれは、クヴァシル――。
思い出すと、逆に意識がはっきりしてくる。
おかげで私は、ラース様の手をわずらわせずに、自分で立ち上がれた。
「あの、ごめん……」
クヴァシル様自身も、ここまではっきりと効果が出るとは思わなかったのだろう。しかも私が座り込んでしまったことで、迷惑をかけたのだと認識できたらしい。
しょぼくれた表情で謝ってくれた。
「影響があると聞いてはいたんだけど、この聖花が『朝の雫』だから、目が冴えるぐらいの影響だと思っていたんだ。倒れそうになるなんて……」
クヴァシルにも予想外だったらしい。
たしかに、今まで私が食べた聖花は、全てその名前が付けられた要素そのものの影響が出ていた。寒くなるとか、暑くなるとか。
(いえ、間違いなく目が覚めるというか、朝の雫らしい気づきを得たんじゃないかしら)
だから……思い出したのだと思う。
忘れていた夢の詳細を。
(思い出してよかったわ。とはいっても、話していいものなのかどうか)
内容についてちょっと考えて、私は黙っておくことにした。よく吟味してから、ラース様に相談しよう。
そのラース様は、ものすごく落ち込んだ様子で、うなだれ気味だった。
「ごめんね、リネア。クヴァシルは悪い人ではないんだけど、ちょっと奇抜なことをするというか、聖花の研究に関しては、タガが外れやすいところがあって」
それを聞いた私は、なんだか聞いたような話だわ……と思う。
たしかラース様自身が、そんな風に言われているのではなかったかしら。聖花菓子に並々ならぬ情熱を注いでいて、新しい聖花には目がないとか。
(類は友を呼ぶというアレかしら)
そう考えると、クヴァシル様もラース様も、一つのことへの研究熱がすごい人なのだろう。
でもラース様は、新しいお菓子と聞けば誘いを断らないのと、聖花を手に入れて研究をするために、私財を投入していることぐらいだから、もっと穏やかなのだけど。
それに私は、クヴァシル様のしたことを怒っているわけではなかった。
正直私でさえ、聖花そのものを食べたらどうなるのかはわからなかったし、少しだけ……聖花を食べたらどうなるのか、興味があったのだ。
こんなにてきめんだとは思わなかったけれど。
「気になさらないでください。私も手に持った瞬間に、お菓子ではないと気づいてもよさそうだったのに、ぼーっとしていたのです。それにもうなんともありませんし」
手を振って、ほら元気ですよと見せたつもりだったけれど、ふいにラース様がその私の手を握る。
彼の手の温かさに、なんだか心臓が跳ねた気がした。
「本当に? 影響は全くない?」
「は、はい」
忘れていたことを思い出しただけ。だから、悪い影響は全くない。
「それならいいけど……なにかあったら、必ず言うんだよ?」
「お約束します、ラース様」
私がそう答えると、ようやくラース様は納得したように手を離した。
それを見ていたクヴァシル様が「ほーん」とつぶやく。
「どうしたんだい、クヴァシル?」
ラース様が首をかしげた。
「いや、なんでもないよ。とにかく今度お詫びをしたいな。してほしいことがあったら、何でも言ってねリネア様。魔術士としての依頼でも、君なら受け付けるよ」
「ありがとうございます」
私は内心で小躍りした。
魔術士に仕事を依頼するなんて、めったにできないことだ。
(これなら、救国の乙女が使ったという魔法があるかを探してもらえるかもしれない)
どういう形で言えばいいのか、これもよく考えてからお願いしたらいい。
(多少、彼に思うところはあるけれど……)
笑顔でお礼を言った私は、とりあえず自室へ引っ込むことにした。
「お嬢様、お茶などはいかがですか?」
「大丈夫よ、お水もあるし。少し本を読んだりするから、しばらくあなたも休んでてカティ」
カティは私の言葉にうなずいて部屋を出た。
私は長く息をついて、行儀悪く寝台に転がる。
「そうよ、あの人は実験が大好きなタイプ……ある意味、ラース様に似てるのよね」
夢の続きを、私はどこかの時点で見ていたようだ。
蘇ったのはその記憶。
赤い瞳の青年が呼びかけた後、クヴァシル様は私を魔術の実験に参加させた。
結果、恐ろしい実験ではなかったけど、寒くなりすぎて風邪をひいたりという目には遭ったのだ。
その時にクヴァシル様は自分の魔術の結果だからと、私に薬などを与えようとしてくれたけれど、その時の私は牢の住人。
私を痛めつけたいと思っていた赤い瞳の青年の意向で、薬もなく放置されるというひどい結果になった。そういう夢を見たのだ。
おかげでクヴァシル様への私の印象も悪い。
というか、あの夢のままの性格なのだとしたら、クヴァシル様は実験できることを喜ぶあまりに、私の状況について深く考えないタイプだ。
先ほどの聖花の一件からも、たぶん私の予想通りの性格なのだと思う。
「悪気がない人の方がやっかい……よね。だけど、魔術士の伝手はほしい」
それに彼は、王家に関する伝手の一つにもなる。
クヴァシル様自身が王族の養子であること、魔術士ギルドそのものが王族が長を務めている関係上、彼らに良い印象をもってもらえれば、私の立場は少し有利になる。
ラース様はそれをも考えて、クヴァシル様と私を引き合わせたのだろう。
「そう、私は王族にも嫌われているから。王族からの非難をかわすためにも、ラース様以外にも味方が必要なんだわ」
会ったことはない。だけど思い出した。
あの赤い瞳の人物は……この国の王子だ。