既視感の原因は……
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肩で切り揃えられた銀の髪。
ラース様よりやや小柄な彼は、正直、魔術士と言われても「うそでしょう?」と言ってしまいそうなくらい、貴公子らしい雰囲気だ。
在野での活動が主で、山の中などを移動して聖花を探すような魔術士のことを聞いているからこそ、山道を彼が歩く姿が想像できない。実際、私が見たことのある魔術士も、体格のよさそうな人や日に焼けた人の方が多かった。
(いえ、馬に乗っているのかも? でも乗馬で移動というのも……)
すぐに疲れてへたってしまいそうだ。
そう、魔術士と言われるよりは、まだ菓子職人だと言われる方が納得できるわね。
そんな繊細そうなクヴァシル様は、私が驚いていることをすぐに表情から読み取ったようだ。
「あ、意外だった? そうでしょうそうでしょう。こんなに可愛くてか弱そうな僕が、魔術士だとは思えないって、ラース様にも言われたことがあるから」
にこにことしながら、クヴァシル様が続ける。
「魔術士ってさ、体力ありそうな人が多いじゃない? みんな最初はもやしっ子なんだよ? だけど一日中山の中とか歩かされてるうちに、生活するために筋力がついていくみたいなんだけど。僕は全然だめでさー」
黙っているうちにも彼は語り続ける。
合間にラース様が、補足を入れようとしてくれた。
「彼は幼い頃から病弱な質だったらしくてね。そういった魔術士らしい探索活動には向かなくて」
「だからずっとテントや拠点で、お菓子作ったり寝込んだりしてたんだよね」
すぐさまクヴァシル様が続きを口にして、ニヤッと笑った。
「僕の作ったお菓子に感動してくれたみたいだね。ほんと嬉しいよ。作った甲斐があるなぁ。それで今日はどうしたの? 僕のお菓子を作る姿を見たくなったのかな?」
矢継ぎ早な話し方に圧倒されていたら、クヴァシル様の方から質問してきた。
なのでリネアはようやくたずねてみることにした。
「あの……その……」
「何かな?」
「いつもは、そのように砕けた感じでお話しになっていらっしゃるんですか? あと、貴族の子弟でいらっしゃるのは、偽装ですか?」
学院では主語も「私」だったし、品行方正な貴公子然とした話し方だった。あれは表向きの姿なのだろうか。
それに魔術士がどうやって学院の生徒として通えることになったのだろう。基本的に魔術の才能があっても、貴族でいることを選んだ人は、魔術士ギルドには所属しないはずだが……。
彼の話からすると、ギルドには所属しているはずだ。それも幼い頃からというのなら、彼は貴族出身ではないと思うのだけど。
「ああ、そこも気になったのかぁ」
クヴァシル様はうんうんとうなずく。
「君の想像通り、僕は貴族出身じゃないんだ、リネア様。ただ、今の魔術士ギルドの長は、王族の一員。僕はそんなギルド長の養子となっているってわけ」
そこまで聞けばわかるよね? とクヴァシル様は微笑んだ。
(なるほど。王家に融通が利くのね。そしてギルド長は王族出身なら、表向きには貴族の爵位を持っているのかもしれない。その子息として……彼は学院に通っているのではないかしら)
そして体が弱いと言っていたから、魔術士としての活動より向いているので、貴族の子息らしく学院へ通っているのかもしれない。
そもそも魔術士ギルドも、貴族と関係が深い団体だ。
彼らが収入源として扱う聖花も、魔術も、平民が買うにはあまりにも高価だから。
(それにしても王族……)
何か引っかかりを感じる。
どうしてだろうと考えている間にも、クヴァシル様はしゃべり続けていた。
「きっとこれも疑問に思ってるだろうけど、聖花の研究の一環で、元々魔術士はお菓子を作っていたんだよ。神殿でも神官が菓子を作っているだろう? それと同じようなものかなぁ」
そうしてにっこりとして、私に作業台の上に並べていた白い花を差し出した。
「せっかく来たんだから、お菓子を一つあげようね」
「ありがとうございます」
受け取った私は、その綺麗な花をしげしげと見つめる。
みずみずしいく薄い花弁が八枚、器のように湾曲して、五分咲きの白い薔薇のように重なっていた。
「すごいです。まるで花そのものですね」
「うん、食べてみて」
クヴァシルに勧められて、私は小さな花を口の中に入れる。
……? あら?
歯ざわりが、なんだかこう、お菓子らしくないような……みずみずしく甘い花のような。
「聖花じゃないものも、試してみると楽しいよ」
「聖花菓子ではない!? ちょっ、リネア、それは……!」
クヴァシルの言葉に、ラース様が目をむいて私に駆け寄って来ようとした。
けれどその前に、私は強烈な眠気に襲われ、その場に膝と手をついてしまう。
「ねむ……」
目を閉じたら、一秒たたずに眠ってしまうだろう。
しかしこんなところで眠るわけには……。
ぐぐっと奥歯を噛みしめていると、クヴァシル様の声が遠くから聞こえる気がした。
「すごい本当に影響を強く受ける人なんだ」
しみじみと関心するような口調に、また私は既視感を刺激される。
「だから言っただろう。リネア、大丈夫かい?」
ラース様が肩を抱えて支えてくれた。
ほっとしたその時、ようやく私は思い出す。
(あ、この実験動物みたいな口調……夢で見た……)