お菓子と魔術士
その日の食卓にも、聖花菓子がデザートとしてふるまわれた。
私は花そのものといった様子の薄く美しい砂糖菓子に、目を丸くするしかない。
しかも色も再現されているようで、花芯の濃いバラ色が端へいくたび白くなっていく美しいグラデーションにはため息をつきそうなぐらい素晴らしい。
みずみずしい花のようなのに、つまめば間違いなく固い砂糖菓子なのだ。
口に入れると、すぅっと消えるように溶けてしまう儚さに、私はうっとりする。
「君の口に合ったかな?」
ラース様の問いに、私は何度もうなずく。
「はい、とっても」
けれどやっぱり心配だ。
「でもこんなに毎日聖花菓子を食べて、なんだか申し訳ない気持ちになります」
「大丈夫。これも研究の一環だからと、魔術士ギルドには協力をしてもらっているんだ」
「協力ですか?」
聖花の購入相手が魔術士だというのは知っているけれど……。
「彼らの研究にも手を貸しているから、こちらにも融通してもらっているんだ。聖花もいつもお金と引き換えというわけではないんだよ。物と交換することもあるしね」
なるほど。
でも物々交換するにも、聖花とではかなりの物を差し出しているのでは。
色々と想像してしまう私に、ラース様は言った。
「ちょうどいい。うちに出入りしている魔術士と会ってみるかい?」
「え?」
「今日はいるんだ。家に」
家に魔術士がいる。
その言葉に私は目を丸くした。
そもそも魔術士というものは、そうそう人前に現れるものではない。
貴族は彼らを雇うことがあるし、魔術で余興を行うことはあるものの、魔術士そのものをみせびらかしたりすることはない。魔術士の側から拒否されるからだ。
それもこれも、過去に戦争に手を貸したのは、虚栄心のせいだと結論付けた魔術士達が、自ら表へ出ないように律しているためだ。
そんな魔術士が、気軽に出入りしているかのように『今日はいるんだ』と言われて、驚かずにいられなかった。
(そもそも、魔術士の方がスヴァルド公爵家に自由に出入りしているのかしら?)
ラース様の口調からすると、そんな印象を受けた。
でも魔術士には会ってみたい。
「あの、もしよろしければお話ししてみたいです」
スキルのことについても、色々と話が聞けるかもしれない。そう思って私はラース様に面会を願い出た。
するとラース様は部屋の壁際に控えていた従者に尋ねる。
「君、魔術士は今どこにいるか知っているかい?」
「先ほどまでは、製菓室にいらっしゃったかと」
淡々と答えるラース様の従者は、たしかマルクという名前だったはず。
最近ようやく、双子のノインとの見分けがつくようになってきた。やや冷たい印象の目をしているのがノイン。穏やかなまなざしが多い人がマルクだ……ったと思う。
「では、食事が終わったら、製菓室へ行こうか」
ラース様に誘われて、私はうなずいた。
食後のお茶をいただいた後で、ラース様と連れ立って製菓室へ行くことになった。
件の製菓室は、厨房に近い場所にあったようだ。
ようだ、というのは、私がその存在すら知らなかったからだ。
普段貴族というものは、厨房や洗濯場の近くには行くことはない。子供の頃は何にでも興味を示したり、召使いに世話をされているので、遊び場の一つになることもあるが。
他所の家に居候の身である私は、あちこち探索するのも失礼だと思い、なおさらそういった場所には近づかなかった。
だから製菓室なるものがあることを知らなかったのだ。
今までラース様が作らせていた菓子も、厨房に菓子職人が出入りして作っていたとばかり思っていたのだ。
(でもそうよね。恐ろしく高価な聖花を、召使いに管理を任せるわけがなかったんだわ)
そのためにラース様が管理する、特別な部屋があるのだろう。
納得しつつ歩いて行くと、一階の客間などが並ぶ場所から少し離れた部屋に案内された。
一見すると、扉は他の客間とそう変わらない。
ラース様がノックをすると、中から「はーい」と返事がかえってきた。
「……?」
なんだか聞き覚えがある声だった。
でもすぐには相手の名前は思い浮かばない。自分と親しい相手や、長く関わっている人ではないだろう。
(でも、誰?)
顔も名前も浮かばないのだから、ほんの何回か話しただけの人だとは思うが……。そもそも魔術士に知り合いはいないので、そんなことがあるわけもないのにと、私は首をかしげる。
「私だよ。入ってもいいかい?」
「ラース様か。どうぞ!」
かなり軽い調子の言葉がラース様に返された。
ラース様とはかなり親しい人なのだろう、この魔術士は。
許可を受けたラース様は、さっそく扉を開ける。
その先にいるのは誰なのか。ドキドキとしながら扉の向こうを見つめていた私は、やがて灰色の大理石の台の上に、白い花を並べている人物と目が合う。
「あ、ようやくここに案内する気になったんだ」
銀の髪の魔術士は、そう言って微笑む。
「時間が合わなかっただけだよ。最近の君は、たいてい夜や夜中に作業しに来るから。……クヴァシル」
ラース様にそう言われたのは、間違いなく、学院で会ったばかりの男子生徒、クヴァシルその人だった。