養父は慈悲深い人でした
「まずはリネア嬢。改めて自己紹介しよう」
きりっとした表情になったレーディン伯爵は、まっすぐにリネアを見る。
「ケネス・レーディンだ。今日からは私のことを『お父様』と呼んでくれてかまわない」
(そう呼んでほしい、ということでしょうか……)
心から歓迎してくれているらしいレーディン伯爵に感謝しつつ、私はその通りにした。
「はい。私を娘としてお引き取りくださってありがとうございます、お父様」
するとレーディン伯爵はうっすらと口元だけで微笑んだ。嬉しいと思ってくれているのが垣間見える。
「マルグレーテ・レーディンよ。養女になったばかりだし、もう大人の年齢ですもの、お母さまだなんて呼びにくいでしょうから、マルグレーテと呼んでくれていいわ」
夫人も配慮してくれる人のようだ。有難い。
「はい、マルグレーテ様」
私がそう言えば、夫人は優しい笑みをみせてくれた。
そこにお茶が運ばれてきた。
まずは全員が一口のみ、それから夫人が口火を切る。
「リネアさん、どうして私達が養女の話を受けたのか、不思議だったでしょう? 最初は、大きくなったお嬢さんを養女にという話に、驚いたのですよ。夫も、最初からカルヴァ様のお話に涙して、即答したわけではないのです」
夫人は、私を大人として扱い、すべて隠さず話してくれるようだ。
私は耳をかたむけつつ、うなずく。
いくら可哀そうに思っても、できないことはたくさんある。
私の境遇が気の毒でも、私が父の意志に従順だったり、実は父に加担しているかどうかも外の人はわからないのだ。
うっかり身内に入れたが最後、どんなことをしでかすかわからないし、父に難癖をつけられることも警戒するだろう。そんな私を、すんなりと受け入れられる家族はいない。
よほどのお人よしか、考えなしでもなければ、だ。
一方で、ラース様との関係を考えて、私を受け入れる……という話ならあるだろう。
私はレーディン伯爵夫妻も、ラース様に恩を売ることができるのと、カルヴァ様という兄弟の頼みを聞いて、養女の件を決めたのかと推測していたのだけど。
「けれど私達は、ヴィンゲ子爵と知己がありました」
「叔父様と……」
私の母方の叔父だ。
「ヴィンゲ子爵と会える場がちょうど近々でありましたから、その時に、それとなくエルヴァスティ伯爵家について聞いたのですよ。あなたが誕生日に、子爵から聖花菓子を贈られた話も」
そこでレーディン伯爵が続きを引き継いだ。
「誕生日のパーティーを身内ですらまともにしないと聞いて、驚いた。本当のことだとは思えなかったからな。子供に愛情を持てない貴族でも、体裁を整えるため、それが貴族の慣習なのだと思って、形式的なパーティーぐらいは催すものだからな」
その通りだ。
育児を乳母に丸投げする貴族でも、体裁を整え、それを口実に人を呼んで社交ができるパーティーができる機会は逃さない。
たぶん、父にはその必要がない……ということだ。
(いずれこの国を侵略させるつもりだから、交流なんて必要ないと思っているのかしら)
「その後で、こっそりと養女の話をしたら、ヴィンゲ子爵は喜んでいらっしゃいましたよ」
レーディン伯爵夫人が微笑んだ。
「全て叔父様のおかげです。叔父様は、いつも私に道を開く力をくれます」
ブロックスキルを手に入れた聖花だって、叔父様が願わなければラース様から購入できなかった。
そして養女としてエルヴァスティ伯爵家から離れることも、叔父様がレーディン伯爵夫妻に私のことを話してくれなければ、実現しなかったのだ。
涙が浮かびそうになりながら私がそう言うと、レーディン伯爵は口を引き結んでふるふると震わせる。
さっと目じりを指で拭ったのを見て、微笑んだ伯爵夫人が言った。
「周囲にあなたを助ける人が一人でもいてくれてよかった。今度は私達も助け手となりましょう」
「ありがとう……ございます」
思わず声が詰まってしまう。
そしてますます思った。
聖花菓子は私にとって、とんでもない幸運をもたらしてくれる物なのだと。
(ただでさえ不運続きの人生だし……。聖花菓子が手に届かなくなって、逆戻りしたら怖いわ)
なんとしても、聖花菓子を食べ続けられるようにしたいものだ。
考えている間にも、レーディン伯爵とその夫人、カルヴァ様の話が進んでいく。
まずは私の住む場所について。
「やはり年頃の娘が、独り身の人間の家に住むというのは……」
難色を示すレーディン伯爵に、首を横に振ったのはカルヴァ様だ。
「エルヴァスティ伯爵が絡む以上は難しい。彼が何をするのかわからないし、万が一の場合、兄上が家族を守り切れなくなったらどうする? リネアが心を痛めることになるだろう?」
「うっ……」
レーディン伯爵が胸を押さえてうつむいた。大きなダメージを受けたらしい。
「あなたったら、以前もそれは確認して、しぶしぶ納得されたでしょうに」
伯爵夫人が頬に手を当てて首をかしげた。
「それは、もうすこし強そうな娘かもしれないと思っていたからだ。こうまで普通の令嬢らしい娘では、やっぱり考え直すべきではないかと……」
レーディン伯爵は、私がもう少し強面で威圧感たっぷりの外見を予想していたのね……。エルヴァスティ伯爵家の娘だし、そんな印象を持っていてもおかしくはないけれど。
でも話を聞いて涙し、養女にしてくれたのだと思うと、彼の情の深さが身に染みるようだ。
(きっとレーディン伯爵は、私が山男のような娘でも養女にしてくれたのでしょう)
この方に、新たな家族に迷惑をかけてはならない……と私は改めて感じた。
だからこそ聞いておきたいことがある。
「あの、伺っておきたいことがあるのです。よろしいでしょうか?」
口をはさむと、三人が一斉に私を振り返った。
「なんだね?」
「エルヴァスティ伯爵家のことに決着がついた後の……私の身の振り方なのですが」