素晴らしいスキルの原因についての考察
(でもこれって、とっても快適に生活できるんじゃないかしら!?)
悪口は一切シャットアウト。
聞こえないから気にならないので、毎日快適!
何を言っているのか一切わからないので、嫌な相手にも笑顔で応対して意表をつける!
しかもアルベルトの例を考えれば、何か文句をつけようにも私には誰も近づけないわけだ。
(素晴らしいわ!)
始まった明るい音楽と共に、私の気分も上昇する。
春の鳥たちのさえずりを表すヴァイオリンの音色に、心がうきうきとしてきた。
しかしこれは一体どういう能力なのだろう。
(遮断の魔術というものを耳にしたことはあるけど……それに近い特殊能力がついたということかしら?)
世界には、魔法と特殊能力というものがある。
どちらも希少。
比較すると、特殊能力者の方が稀有な存在だ。
昔は沢山いたらしいが、世界に空いた穴が、聖なる存在によって塞がれたせいだと言われている。
それでも、その不思議な力を使う存在はまだ実在しているのだ。
現在、神殿の頂点に君臨する『聖王様』は特殊能力の持ち主らしい。
治癒能力をお持ちだと、家庭教師から習った。
そんな風に、一つの能力に特化している存在だ。
一方、過去には魔の力と蔑まれたものの、戦乱の時期に活躍し、特別な存在として地歩を確立している魔術士は、様々な魔法が使える。
こちらは一定の才能があれば、訓練をしたうえで聖花を媒介にすると魔術が使えるようになるらしい。
でも才能を持つ者がそもそも少ない。
さて私のこの変な能力。
聖花を使わずに発動するので、特殊能力なのだと思う。
何かがきっかけになって発現するらしいので、16歳の今になってから能力を手に入れてもおかしくはない。
でも原因は……。
(聖花菓子よね、絶対)
食べた直後に眠り込んでしまったので、おかしいと思っていた。
ただ悪夢は見たものの、結果としてこれから一年半、学院に通うのが楽になる能力を手に入れたことは喜ばしい。
(叔父様にお礼の手紙を書かなくては……。とても素敵な誕生日プレゼントでした、と。いえ、それだけでは足りないわ。手紙を先に送った後でもいいから、感謝を込めて、何か刺繍をしたものを贈った方がいいかしら?)
叔父様へのお礼の方法を考えていると、嬉しさのあまりに口元がほころんでしまう。
でも考えに没頭していたせいで、今演奏されている音楽が、物悲しい冬の曲に変わってしまっていることに気づかなかった。
ちらちらと、私を不思議そうに見る視線を感じ、ようやく気付く。
悲しい曲の時にニヤニヤしているとか、変人そのものだったわ……。
(いけないいけない。聞こえなくても、悪口の材料を提供しないようにしなくては)
次の授業も快適に過ごせた。
廊下で再びアルベルトに会いそうになったけれど、彼の方が変な顔をして私を避けてくれた。
いい気分なので、私は放課後の乗馬をすることにした。
(久しぶりに乗馬をしましょう。行き会った相手が何を言おうとも気にしなくてもいいし、きっと楽しめるわ)
家からの迎えの馬車と一緒に来ていた召使いに、勉強用のペンやノートなどを預けて、二時間ほど遅れることを言づける。一度帰ってもかまわないと言った上で。
「お嬢様、お食事は?」
もうお昼で、多少はお腹がすいている。でもこんな幸せな気分のうちに、楽しいことをしておきたかった。
「平気よ。戻ってから食べるわ」
「学院の食堂をお使いください。お食事のことを気遣いし忘れたとなれば、私が家令のヨーゼフ様に叱られます」
「……わかったわ」
本当は、これ以上誰かに会いたくない。だから食堂は避けたかったのだけど。悪口は聞こえなくても、嫌そうな顔はされるもの。それを全て目撃しないわけがないのだし。
いえ、食べたふりをしたらいいかしら?
私は召使いにうなずいておき、まっすぐに馬場へ行くことにした。
黙っておこうと結論付けたからだ。家に戻ったら、召使いに言われて食べたけれど、すぐにお腹が空いてしまった。量が少なかったのかもしれないわ……と誤魔化せばいい。
よし、と私は意気揚々と学園の庭にある小道を進んでいたところだった。
「ああいたいた。そこの方」
誰かを呼び止めようとしている声が聞こえた。
でも私のことではあるまい。
よほどの伝達事項があるのでなければ、男子生徒が私を呼び止めたことなどないもの。
下手をすると、明日の授業が一つ無くなった、というような伝達事項なんて教えてもらえない。それでも家の方にもきちんと通知が来るので、知らなくても問題はないのだけど。
周囲に誰もいないことが気になるけど、さっさか先を急いだ。
けれど再び呼ばれる。
「エルヴァスティ伯爵令嬢リネア様」
「……」
さすがにこれは自分だとわかったので振り返る。
私から少し離れた場所に、金の長い髪を首元でゆるく結った青年と、護衛らしき闇のような黒髪の青年がいた。
彼らは私と三歩ほどの距離を置いた至近で立ち止まった。
黒髪の青年はおそらく騎士なのだろう。学院に入る時に帯剣を許されているのだから、王に叙任された正式な騎士だと思う。
そんな人を連れている金の髪の青年には、私も見覚えがあった。
「あら失礼いたしました。私のような者にご用とは、何事でしょうか……スヴァルド公爵閣下」
金髪のこの美形な年上の青年は、18歳という年齢ですでに公爵位を受け継いでいるラース・イル・スヴァルド。この学院の中でも珍しい、自身が爵位を持っている人間だ。
ちなみに『イル』を名前に持つので、王位継承権を持っていたはず。8番目だったか、それぐらいだったように記憶している。
彼ならば、護衛の騎士を連れていても不思議ではない。
でも私に一体何の用があるの?
わからないので、面倒だけれど相手の声を遮断するわけにいかず、スヴァルド公爵の方に向き直る。
「君に感想を聞こうと思って」
「感想、ですか?」
「聖花菓子の」
「せ……」
私は目を見開いた。
「まさか、叔父様がお菓子を作ってもらった相手というのは」
「僕だね」
……納得した。
このスヴァルド公爵は若干18にして爵位を受け継いだこと以上に、有名な二つ名を持っている。
――お菓子公爵。
宗教画の精霊の絵のように綺麗な顔をしていながら、無類の菓子好き。
奥様方から「特別なお菓子を用意しています」とお茶会へ出席の要請があると、ほとんど断ることがないと耳にしたことがある。
それが高じて、スヴァルド公爵は聖花菓子を独自に作らせている。聖花の優先権を持つ魔術士ギルドや神殿に、独自の繋がりを作ってまで。
叔父様が姪への贈り物に聖花菓子を手に入れようとしたら、スヴァルド公爵から買い取るのが一番手っ取り早いだろう。
でも変だ。
「あの、お菓子の感想を……お求めになるために、わざわざ私を探しに来られたのですか?」
たかが菓子のためにと思ったが、スヴァルド公爵は予想外なことを言い出した。
「君、昨日受け取ったはずの聖花菓子は食べたかい? ちょっと変わった聖花を混ぜて作らせたものだから、何か変な効果が出ていないか気になって、それで感想を聞きたかったんだ。変な夢は見ていない? 白夜山脈の中腹にある、光の差さない泉に咲いていた聖花を使ったんだけど」
「え……」
変な夢って。まさかあの悪夢って、この公爵のせいだった!?
私は叫びそうになったのを喉元でぐっとこらえる。
他の貴族の前で無様な姿を見せるわけにもいかないもの。