新しい家族と対面します
学院のエントランスには馬車が待っていた。
御者も馬車の後ろに乗って付き従う従僕もスヴァルド公爵家の人だが、扉の側で待機してくれているのは、正式にスヴァルド公爵家に勤めることになったカティだ。
「お嬢様、お待ちしておりました」
カティは輝くような笑顔を見せてくれる。それだけで、私は心が洗われるような気がした。
(守りたい、この笑顔)
周囲からの視線は以前とそう変わらないのに、カティが元気なのは、自分の足元がしっかりとしたからだろう。
公爵家という大きな家に勤め替えができた上、お給料も上がったらしい。人員に余裕があるので、お休みの日も日常の休む時間も増えたので、カティの健康度が増して頬もつやつやだ。
たとえ私がラース様の元を去るとしても、スヴァルド公爵家で雇い続けてもらえるように頼んでおこう……と密かに思う。
「出迎えてくれてありがとうカティ」
私も微笑み、カティの手を借りて馬車に乗り込む。
中にはカルヴァ様が座っていた。
「悪いが、酔いやすいのでこちら側に座らせてもらっている」
カルヴァ様が進行方向向きの席に座っていることを、そう断って来た。
「気になさらないでください。私は長時間でもなければ、どちらでも大丈夫ですので」
幸いなことに私はそれほどすぐ乗り物酔いをする質ではない。けれど女性を気遣わないのも悪いと思って、カルヴァ様はそう言ったのだろう。
(あら、もしかして……)
私はここでふと思う。
先日会った時にもやや渋面だったのは、まさか乗り物酔いの影響で、怖い表情になりやすいかったのでは。
馬車に乗って移動した後ではないカルヴァ様に、会ってみたいものだ。
もっととっつきやすい雰囲気の人かもしれない。
「あの、もし馬車に乗ること自体がお辛いようでしたら、どこかでお休みになりますか?」
乗り物酔いするのなら、無理はいけないだろうと思って言ってみたが、カルヴァ大神官補佐は手を横に振って、首も横に振る。
「いいや大丈夫だ。兄は時間通りに行動できると機嫌がいい人間でな。昔よりは夫人のおかげで良くなったんだが、遅れないに越したことはない」
「…………」
新しい養父は、時間に厳しい人らしい。
思えばそんな情報もしらないまま、私は養子縁組を決めてしまったのだ、と気づく。
(誰でもいいから、あの家から救い出してほしいなんて思っていたものね……)
あの父親よりもマシな人で、世の中はあふれているように見えるのだ。時間に厳しいことぐらい、なんてことはない。
(ご自身の妻女にもきちんと対応しているようだし、私を養女にしてほしいという頼みを受け入れてくれた、心の広い方だもの)
それだけでも、聖人君子のごとき人だ、レーディン伯爵は。
誰もが関わりたくないエルヴァスティ伯爵家の娘を、引き取ってくれるのだから。たとえ住む場所が公爵家で、後見が弟である神官という形で、ほとんど家族として交流しないとしても。
というか、家族として交流しない方がいいだろうと言ったのは私だ。
(レーディン伯爵家の方々が、私に巻き込まれるようにしておかしな噂や悪口の的にならないようにしたいから)
別の場所で生活していれば、万が一の時には言い訳ができる。しかも私が居候しているのがスヴァルド公爵家となれば、なおさら悪く言いにくい。
そんな配慮だったのだが、無事にレーディン伯爵には受け入れてもらえてほっとしていたのだが。
到着したレーディン伯爵家は、スヴァルド公爵家とは違い前庭のない家だ。
門の前で馬車を降りると、数歩で玄関扉に到着する形式の家だった。
建物の裏には小さいながらに庭があると思うが、エントランスが道に面した作りの館は、王都での中流貴族では普通の家だ。
家がひしめく状態の王都で少しでも広い敷地が欲しいのなら、郊外に館を持つしかない。私のエルヴァスティ伯爵家の家も、やや郊外に近い場所にある。それでもさして広い庭はない上、蔦がはびこるような館だったけれど。
隣の館は、別な伯爵家だったり、男爵家が買い上げた館だったりするようだ。
しかし館の中に一歩入ると、明るい色調の壁と、白っぽい家具が照明の光を受けて明るかった。
灰色の石造りの外観からは、想像もつかない感じだ。
到着を知らされて近くの応接間から出て来たのは、レーディン伯爵一家だ。
レーディン伯爵は、カルヴァ様と同じ、くせのある淡い茶の髪をした男性だ。片眼鏡をしているので、少し目がお悪いらしい。彼はこわばった表情で私を見ている。
(本当は、私を養女にするのはお嫌だったのかしら……)
少し心細くなった私は、そんな自分に驚く。
誰も自分の味方など存在しないと思っていたから、一人で生きて行くことを考えていたはずなのに……。
こうして養女という形で貴族令嬢の身分を保ち、願った通りにまだ聖花菓子を食べ続けられる環境にいられるようになって、味方は他にもいるかもしれない、という気持ちになっていたのだろうか。
でもそんな甘えた気分ではいけないのかも。
しかし銅色の髪を結い上げたレーディン伯爵夫人は、微笑んで私を見ているし、その娘なのだろう10歳くらいの少女と、5歳くらいの小さな女の子は、興味深そうなきらきらした目をこちらに向けている。
(嫌な印象を持っているわけでは……ない?)
子供は素直だ。そして親が世界のすべて。
親が私を少しでも嫌えば、それを鏡のように映して嫌悪してもおかしくないのに。
心の中で(???)がいっぱいになる私の横で、カルヴァ様が言った。
「今日は私の予定に合わせてくれて感謝する、兄上。彼女が話していた件の人物だ」
私を紹介しようという言葉を聞いたレーディン伯爵が。
「くだごふっ」
おかしな言葉を発して口元を抑えた。