新しいお友達……になれればいいのだけど
「色々事情は聞いているわ。大変だったのね、リネア様」
ブレンダは同情的な表情を私に向ける。
それが本心なのか、ラース様に頼まれたからなのかはわからないけれど。私は微笑んでみせる。
ラース様は私に味方を作ってくれようとしているのだ。
そのために、私の事情を知り、協力してくれる人を用意してくれたのだから、その気持ちに反することはしたくない。
決して自分の疑いを表情に出してはならないのだ。
彼女達も、協力すると決めたのなら私を理解しようとしてくれるだろうし、その時に私は人間不信まるだしの顔をしたらやりにくいだろうし、抵抗を感じるはず。
お互いにとって、良いことが一つもない。
「でもラース様のおかげで、良い両親と出会うことができました。今度は心穏やかに静かに過ごしていけると思います」
私の穏やかな反応に、ほっとしたように他の男性二人も頬をゆるめた。
「何かありましたら、おっしゃってくださいねリネア嬢。手を貸せることならいくらでも、僕の手をお求めになってください」
折り目正しい生まれながらの貴族という感じの茶髪の青年は、そう言ってくれる。
エイナルという名前には聞き覚えがあった。
フォーゲル侯爵家の子息だったかと思う。スヴァルド公爵家の縁戚ではないけれど、親しく交流しているのだろう。
「私とも末永くお願いします、リネア嬢。私もお菓子は好きなので、後日お茶会にお招きさせていただければ幸いですよ」
もう一人のクヴァシルという青年も、にこやかに応じてくれた。しかもお茶会の招待の話をこんな場所でしてくれるとは……。
(招待しないわけにはいかない状況で発言するのだから、本気なのよね?)
残念ながら彼の名前には聞き覚えがない。学院にいるのだから、間違いなく貴族出身だと思うのだけど。
後でラース様に伺いましょうか。
ここでブレンダが、お菓子の話題に反応した。
「まぁお菓子がお好きなのね? ぜひどんなものがお好みかお聞きしたいわ」
「ええ、ぜひ」
お菓子の話ならばなんとかこなせる。
そこから協力者である彼女と、多少なりと仲良さそうに交流できればいいのだけど。
(大丈夫、大丈夫。ラース様がここまでしてくださったのだから、せめてそれに対応できるようにならなくては)
内心では、まだ怖いのだ。
学院で生徒達となごやかな交流などできたためしがないから。彼女もラース様への義理のために協力を決めただけで、私のことをうっとうしく思っているのではと考えてしまいそうになる。
でもこのままではいけない。
それよりまずは、隣に立っている人のことをラース様にお返ししなければ。
「ラース様、アシェル様をお付けいただきありがとうございます。体調を崩したためとはいえ、長く休んだ後での再登校というのは不安でしたから、とても心強かったです」
ラース様は穏やかな表情でそれを受けてくれる。
「君のためになって良かったよ。花菓子について話ができる君には、ぜひ元気でいてほしいからね。ではまた後で会おう」
ラース様は手を振って、自分達の授業が行われる教室へ向かう。
「私達も参りましょう?」
ブレンダがそう声をかけてくれて、私は笑顔で応じた。
「ええ、そういたしましょう」
私は彼女と一緒に、これから授業が行われる広間へと移動した。
そこは優美な机と椅子を並べた広間だ。
教壇となる机を遠巻きに囲むように、白に緑や金の装飾模様がほどこされた机と椅子が並ぶ。
礼儀作法の授業は、今まで家庭教師に学んできたことを確認する、そして諸外国での礼儀作法について学ぶ時間だ。
時折やってくる他国の使者が、王国のパーティーに参加するのだ。その時に粗相がないようにするため授業を行っている。
のだが。
私にとって、礼儀作法の授業はそう楽しい物ではない。
先生を相手として実演するのは問題ない。私も一応家庭教師に学んだ身(その家庭教師の手配も、叔父様が抗議しなければ忘れられそうだったけれど)。
ただし練習のため、誰かと組んで……となると、私はもちろん独りぼっちになる。
そうしてくすくすと笑われるのが常だったのだが。
「私と練習いたしましょうか」
ブレンダはすぐに私にそう声をかけてくれた。
「あ、ありがとうございます」
たとえラース様から頼まれたからだとしても、有難い。
やはり自分だけ一人で壁に向かって練習するのは、とても惨めだったから。
でも彼女の友達はどうするのだろう。確か他にいつも一緒にいる令嬢がいたはずだけれど……。と、私は周囲に視線を向けてしまったのだけど。
「大丈夫ですわ、リネア様」
ブレンダがささやく。
「私がリネア様と共に行動することは、私の友人達は承知しています。そして彼女達は、三人で組んでくれることになっていますので」
そうして彼女が視線を向けた方向に、なるほど、いつもブレンダと組んでいた令嬢達が三人で向かい合っている姿があった。
ほっとしながらも、私は少し悲しくなる。
本当に私は嫌われ、避けられていたのだなと。
そしてブレンダは、どのような理由から私と関わることを承知したのだろうか。聞いてみたい、と思ったのだった。