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再登校します

 まだ柔らかな温かさだった先月と違い、今は少し気温が上がり、ケープやスカーフを使う女生徒は少なくなっている。

 男子生徒もマントを羽織って学院へやってくる者はいない。


 馬車の窓からそれらを見て、私は(季節が移ろうとするほどの時間が経ったのね)と、妙な感慨をおぼえる。


 そんな彼らが、馬車から降りて知り合いと歓談する、学院の玄関口。

 噴水のある広場を前に、横に広い階段とその先の開かれた大きな扉の近くに、新たな馬車が停まる。


 茶のつややかな車体に、緑に黒のラインのあるお仕着せの従者と御者。

 よくある馬車の形ではあるものの、学生数がそれほど多くはない学院のこと。車体に輝く紋章を見て、首をかしげる者が何人かいた。


「レーディン伯爵家に娘なんていたか?」


「まだ六歳だと聞いていたが……」


「子供を登校させるわけがない。誰かを養女にでもしたのではないか?」


「あの神殿に身内がいる家がか?」


 という声が、馬車の中にいる私にまで聞こえてくる。

 ……外に出るのが恐ろしい。注目された上で出て行って、それが『私』だとわかった時の反応が。


「心配するな。お前は一人ではないだろう」


 隣に座っていたアシェル様の言葉に、思わず彼の顔を見てしまう。

 先日のことといい、アシェル様はどうして私が気づかなかった自分自身の心のことまで見通せるのだろう。この人には、一体どんな世界が見えているのかしら。


 不思議に思いつつも、有難い助言に私はうなずいた。

 その時、外にいた従者によって扉が開かれる。


 先に下りたのはアシェル様だ。彼は私に手を差し伸べてくれる。

 いつの間にか冷たくなっている自分の手を重ねると、アシェル様の手の温かさに気づいた。そして自分が恐ろしく緊張していたことも。


 震えそうになる足を叱咤……しようとして気づく。

 あ、声をブロックしたらよかったんだわ。でも後で何と言っていたのかわからないと困るかしら……。

 そう思い、とりあえずこちらを見ている人間のうち、三人ほどだけを残して後はブロックしてみた。


 聞こえる悪口は、少なければ少ないほどいい。

 残した三人も、一人は私の姿にやや嫌そうな表情をしている男子が一人と、後は純粋に驚いた顔をしていた男女一名ずつにしてみる。これでいいでしょう。


 私が外へ出ると、一斉に周囲が何かをしゃべっているかのように口を動かす。

 やがて嫌そうな表情をしている……この人は元婚約者のアルベルトの友人ではなかったかしら。彼は予想通りの言葉を口にした。


「レーディン伯爵家を、エルヴァスティ伯爵家がのっとったのか?」


 そのまま隣にいた知人と話し始める。

 内容的には、レーディン伯爵家も毒牙にかかったとか、元いた娘は売り飛ばされた可能性だってあるとか、さんざんな言いようだ。


 というか、すでに私がエルヴァスティ伯爵の娘ではなくなったので、婚約は破談になったのだけど……そのことを話していないのだから、まだ知らないのかしら?


 そもそも私、レーディン伯爵とはまだお会いしていない。

 手続きが完了したばかりなのと、伯爵が家族に話すためでもあり、カルヴァ大神官補佐と一緒に訪問しなければおかしな誤解を招く可能性があるためでもある。


 カルヴァ大神官補佐はなかなかお忙しい。

 なので私の元を訪れた上で、実家へ私を連れて先方へ訪れ、じっくり話をする余裕がなかったのだ。


(思えば、私の養女の件についても、アシェル様が神殿へ行って説明したのだし)


 長時間の外出が難しいのだろう。

 私の方は、ただラース様の求めに応じて、いち早く復学するために学院へ来ることを優先したのだ。

 おかげでちょっと順序がおかしくはなっているけれど、後見するカルヴァ大神官補佐が『問題ない』と言うので考えないことにしたわ。


 ちなみにレーディン伯爵一家と会うのは、今日、学院を出た後になる。

 せわしないものの、後見人の予定に合わせなければ。

 さて残るブロックしなかった二人は、しばらく目を丸くして、それから隣の友人達と話し始めた。


「え、どういうこと?」


「養女にするといってもおかしいだろう。エルヴァスティ伯爵家の娘は彼女一人だったはずだ」


 至極もっともな発言に、私はうなずきそうになる。

 普通は、一人娘を養女に出そうなどとは考えまい。領地を富ませるための駒にもなりうるというのに、やすやすと手放さないものだ。


「それにあれはお菓子公爵の騎士じゃないの?」


「スヴァルド公爵まで関わっているのか?」


 そう認識したらしい人が、困惑した顔になる。

 ラース様は、そうやすやすとエルヴァスティ伯爵に取り込まれたり、借金をしなければならない人ではない。何の繋がりがあったのかと思ったのでしょう。


「問題ないか?」


 馬車から降りてアシェル様の手を離すと、彼がそう声をかけてくれる。

 気を配らないながらも、甘やかしすぎないその問いに私は思わず微笑んでしまった。


「はい。参りましょう。あなたをラース様にお返ししなければ」


「わかった」


 短く答えたアシェル様とともに、私は先に到着しているラース様の元へ。

 これは元から打ち合わせていたことだ。

 一緒に登校しても良かったのだけど、『それよりも、一気に多くの人の前……そして僕に関わりがある人間に君の立場を知らせることができないから』と言っていらしたのだけど。どういうことかしら?


 内心では首をかしげつつ、学院の建物の中へ。

 玄関口に集まっていた人達は、階段を上って扉へ至るまでの間、誰もが私の前から退いて道を開けてくれた。


 まぁ便利ね。

 しかもアシェル様がいるせいなのか、妙な言いがかりをつけに来る者も、足を延ばして私を転ばせようとする人もいない。

 なんという快適さかしら。


 そうしてエントランスホールで、友人達に囲まれていたラース様が、私に気づいて手を挙げてくれる。


「待っていたよ、リネア」

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― 新着の感想 ―
[一言] 安定の評判の悪さだなぁ 外堀がどんどん埋まっていく
[気になる点] <誤字連絡> 「気を配らないながらも、甘やかしすぎないその問いに私は思わず微笑んでしまった。」→「気を配りながらも、甘やかしすぎないその問いに私は思わず微笑んでしまった。」
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