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協力内容はお菓子を食べることでした

「まずはこれ」


 カルヴァ様達が去った後、ラース様が私を応接間に呼び出して見せたのは、真っ白なお皿に置かれた美しいお菓子……花菓子だった。


 透き通る薄紅色や紫の大きな花弁。それを重ねて間にクリームを挟んだミルフィーユ。

 私は自分の口元を両手で押さえて、叫ばないようこらえた。


「なんって綺麗で美味しそうな……」


 たいていの花菓子は、高価だからこそというのと、より元の聖花らしい姿が再現されるので、飴菓子や砂糖菓子になることが多い。

 だけどこれは違う。

 作ってすぐに食べるためのものだ。


「花弁はパイ生地みたいになっているよ。さぁ食べて」


 微笑みとともに促され、私はさっそく手を伸ばす。

 ああ、一体この菓子はどんな味なんだろう。そして元の聖花はどんな花だったのかしら。


(あら……、何か忘れているような……)


 一口サイズの花菓子をつまみ、口に入れる。

 さくふわっとした食感と、ぱりぱりと崩れるお菓子の軽い音。口の中で溶けていく、あっさりとした甘さ。もっと余韻を味わいたい……とおもっているうちに無くなって、さらに次が食べたくなってしまう。


 せつなさに息をついた私は、「ん?」と気づく。

 違和感がある……。自分に。こう、急に暑くなったような……。


「水、いただけるかしら?」


 公爵家の召使いに頼み、運ばれてきた水を飲むとほっと息をつく。

 そんな私を見て、ラース様が尋ねた。


「何か変化があったようだね?」


「はい、なんだか暑い気がしまして」

「なるほど……」


 ラース様は召使いに、次の菓子を持って来るよう指示する。

 そうして運ばれたのは、青い小花をガラスの器に盛ったものだった。


「スプーンを使ってどうぞ」


 もう一つ花菓子を食べられるなんて、私って幸運だわ。

 そう思い、私は素直に一緒に置かれたスプーンで小花をすくう。

 花はひんやりと冷たくて、薄く削った氷菓子のように甘くすっと舌の上で溶けてしまう。


 すると体の熱がじわじわと無くなって行く気がした。

 いや、むしろ寒い?


「なんだか寒くなった気がします」


 私の答えを聞いたラース様は、懐から取り出した帳面にメモを始めた。


「そうか氷雪の中で育った聖花の方が、効力が強いようだね……」


「……効果ですか」


 そこでようやく私は思い出した。

 花菓子にした後でも、聖花の効果は残っていることがある。特にあっさりとその作用で夢を見てしまった私なら、他の花菓子でも効果があるのではないかと。


「でも私、今までにも花菓子を食べていましたけど、こんなことはなかったのですが……」


「きっと、聖花の配合率の問題だろうね。そもそも僕は、元の聖花の色がそのまま現れる方が好きで、普通のものより多く入れさせているせいだと思うよ」


「納得いたしました」


 それ以上は、叔父様のことを悪く言う感じになってしまいそうなので、私は口をつぐむ。

 仕方ないのだ。叔父様が騙された、というわけでもない。花菓子の作成者でもなければ、どれくらいの聖花が使われているかなんて、わからないのだもの。


 聖花の形がそのまま出る、ぎりぎりの量を飴などに配合しているのが、普通の花菓子で……だから今まで、何の影響もなかったのね。

 むしろ聖花を大盤振る舞いするラース様がおかしいだけで。

 そんなことを考えながら、私は寒気に身震いした。


「さ、こっちの菓子をもう少し食べてみて。それで調節するといいよ」


「はい、ありがとうございます」


 ミルフィーユのような花菓子を勧められて、もう一つ食べる。そうすると寒さは遠ざかり、たしかに丁度良くなった。



「今度はこれを食べてくれないかな?」


 夕食後にデザートとして、再び花菓子が出された。

 今度は瑠璃色の器に、チョコレートケーキの間や上に、金色に輝く小さなベル型の花が敷き詰められていた。


 色合いがとても美しい。

 味もチョコレートケーキが苦めに作ってあるおかげで、甘さをあまり強く感じず、うっかりすると何個でも食べてしまえそうだった。


 しかし今度は、何の影響も出てこない。

 首をかしげる私に、ラース様が言う。


「たぶんこれは、夢に影響すると思うんだ。きっと悪夢ではないものが見られると思うよ」


 ラース様の言葉を、私は信じたのだけど……。



 その日見た夢は、公園の草も木も、花も笑い、とうとう雲まで笑い出す夢だった。

 なんだか私、おかしくなってしまったのかしらと私は頭が混乱して……目が覚めた後、ちょっと悩んだ。


 朝食の席で会ったラース様には、「楽しい夢が見られたかな?」とものすごく期待した視線を向けられたのだけど。


「なんだかこう、疲れました……」


 そう答えるしかなかったのだった。



 それから三日、私は朝昼晩の食事の後に出て来る花菓子を食べ、感想を口にするだけの生活を送った。

 学院に再登校するための手続きの関係で、しばらくはそうして公爵家の中で過ごすしかないらしい。

 それでも、ラース様の役に立つことはできているので、いいのだけど。


 正直、花嫁修業の一環でしかない授業を受けても、それほど楽しいものではない。歴史の授業くらいかしらね? 真面目に聞かなければと思っていたのは。

 勉強とて、どこまで進んでいるかもわからないし、なんともしようがない。


 とはいえ純粋に、暇だなという感覚に襲われるようになった。

 だから私は、召使いのカティから他に冒険ものの本を知らないかと尋ねてみた。

 心優しいカティは、すぐに自分のおすすめを教えてくれる。


「でしたらお嬢様。『勇者アデルの手記』がいいと思います。女性ながらに勇者として、魔物をつくり出した悪の帝王を倒すため旅立つお話です」


「よさそうね。買ってもらおうかしら」


 と考えたところで、はて、と考える。

 私の生活費は、結局どこから出ることになったのでしょう?

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