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なんだかおかしな能力が……?

 授業を行う教室は、一階の東側にある小広間だ。

 今日は歴史の話を聞く授業、そして音楽の授業、神学の授業を受けることになっていた。

 それらが終了するのは昼頃で、各自王都の家に戻ることになる。


 私は授業が始まるぎりぎりの時間に、小広間に入った。

 噂話を聞きたくなかったからだ。


 だというのに、空いている後ろの席についても、なかなか先生が来ない。

 かなり老齢の先生なので、体調でも崩したのだろうか。だとしたら、すぐに学院の使用人が連絡に来るはずだけど……。

 そんなことを思っていたら、最初はひそめていた教室内の生徒達の声が大きくなっていく。


「のうのうと登校してきているわよ。エルヴァスティ伯爵令嬢は」


「私だったら、婚約者を取られたら登校なんて無理だわ」


「普通は寝込むのではなくて? ずいぶんと神経が図太いこと」


(……悪口なんて聞こえなくなればいいのに)


 聞いても仕方ない評判を耳にしても、どうしようもないのに。

 ため息をついた私は、特に私のことを噂している、オーグレン公爵令嬢を含む五人を嫌だなと思いながら横目で見たのだけど――。


「え?」


 ――ふいに教室内の騒がしさが減る。

 先生が来たのかと思えば、そうではない。

 しかもよくよく聞いてみれば、あの五人はまだ会話をしているようなのに、全く声が届かないのだ。


(私、耳がおかしくなったの?)


 一瞬だけぞっとした。こんな風に孤立している有様なのに、耳がおかしくて先生の注意事項も聞こえなくなっては困る。

 でも快適だ。

 妙な言葉もあざ笑う声も何も耳に届かない。いつもはそれを気にして、こわばった肩からも少し力が抜けた。


 ほっとしていると、ようやく歴史の先生がやってきた。

 白髭を長く伸ばした、いつ転んで骨折してもおかしくなさそうな、枯れ枝のような老人だ。


「そこの五名、私語ばかりで慎ましくないですな。淑女としての規範をもう一度おさらいするように、作法の先生に言づけておきますぞ」


 小広間に入ってすぐ、先生は最前列に集まって立ち話を始めていたあの五人にそう言った。

 私の噂話をしていた五人は、先生に何か抗議をしているようだがあいかわらず聞こえない。


(でも先生の声は聞こえるから、問題ない……?)


 一応、帰っても治らなければ医者に見せるべきだけど、今は問題ない、と私は結論付けて授業を受けた。


 授業はそれほど退屈ではない。

 歴史を学ぶと言っても、年号とその時の国王の名前を暗記していくようなものではないからだ。

 すでにそれは家庭教師によって教えられているという前提だ。


 この老先生は、古い時代から順に、英雄譚のように戦や開墾に関わること、政治的なやりとりの話を語って行ってくれる。

 ただしその話が一区切りすると、先生の話に準拠したテストを必ずするので、ノートにきちんと覚えていられるようにメモをしていかなければならない。


 そうして授業に集中していると、一時間はあっという間に終わってしまう。

 しかもオーグレン公爵令嬢達は抗議した関係なのか、老先生に先導されて連れて行かれてしまった。おかげで授業後も大声であれこれと言われる心配がなくなる。


 すっきりとした気分で、次の音楽の授業へ向かった。

 今日は鑑賞だけだから気が楽なのだけど……新たな問題が廊下の先に見えた。


(アルベルトがいる)


 金茶の髪の青年が、廊下に立っていた。

 しかも友人らしき貴公子達が数人側にいる。……ということは、近くを通ったら、間違いなく彼の友人達に悪口を言われるはず。


(やだ、近寄りたくない……)


 別の道を通ろう。そう思って私は方向転換した。


「リネア」


 私を呼ぶ声がした。

 でも聞こえないふりをしましょう。聞きたくない。私は庭に降り、庭園を突っ切るルートを歩き出す。


「リネア! 話がある!」


 なのにアルベルトは走って私を追ってきていた。いつもは私のことなんて無視をするのに!


(触らないで!)


 怒りが心の中に沸き上がったとたん、


「うぉっ!?」

「?」


 何かにはじかれるように、アルベルトが私から遠ざかった。

 私が振り払ったわけじゃないし、どうしたのかしら?

 疑問には思ったけど、この隙を見逃さないよう、私は走った。でもアルベルトはまだ追って来る。


「待て! 人を蹴飛ばしておいて逃げる気か」


(そんなことしていないけど、どうせ聞く耳を持つわけもないわ。しつこい! もっと離れて!)


 振り返ってにらみつけたとたん、アルベルトがその場から先に進めなくなった。


「なっ……!?」


 驚くアルベルトと同時に、私も目を見張った。


(なんで進めないの?)


 あり得ないと思った瞬間アルベルトの体が前に進み、でも歩こうとする本人のタイミングとずれたせいか、その場に転んだ。


「…………」


 冷静に話せる内容ではなさそうだし、誕生日の今日ぐらいは不愉快なものを見たくないから、私はそのまま彼を置き去りにして、次の授業が行われる音楽室へ移動した。


 音楽室には、すでに演奏家達が集合していて、音合わせをしている。

 並べられた椅子には、上級生も含めた貴族子女達がめいめいに座っていた。

 私は端っこの空いている椅子を探したがないので、見知らぬ女生徒の近くに座る。

 すると女生徒の方が私を見て、別の席へ移動してしまった。


「まぁいいわ。広々としていた方が好きだし」


 私は息をつく。それに、わざわざ近くで自分の悪口を聞かされるよりはマシというもの。


 そのまま授業が始まり、横幅のふくよかな女性教師が、これから奏でる曲の解説を始めた。

 音楽の授業は、鑑賞した曲についてのテストなどはない。皆、ピアノを演奏させられて、それで点がつけられるので気楽に聞き流していた。


 一方の私は、今日の出来事を思い返す。

 先の授業で、オーグレン公爵令嬢達の声が聞こえなくなったこと。

 さっき、アルベルトが私に近づけなくなったこと。


 全ては偶然じゃない、と感じる。


 今も、近くにわざわざ座ったオーグレン公爵令嬢達のひそひそ声は聞こえない。

 ふと思いついた私は、オーグレン公爵令嬢達の声をもう一度聞きたいと念じてみる。すると――


「すまし顔をしているけれど、虚勢よ」


「内心は泣きべそをかいているのではなくて?」


「不名誉ですものね、婚約者の気持ちを繋ぎ留められないなんて」


 ふっと彼女達の声が聞こえるようになった。


(これ、操作できる!?)


 私はもう一度、彼女達の声を遮断するよう念じた。再びオーグレン公爵令嬢達の声が聞こえなくなる。


「間違いない……」


 口の中でつぶやいた。

 なんだかわからないけど、私、変な能力に目覚めたらしい。

 あまりこう、役に立つのかわからない能力だけども。

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