約束の仕方
「そ……そこまでしていただくわけには……」
こんな厄介者を、引き受けるって正気ですか!?
私は思わず辞退の言葉を口にしてしまう。
たぶんラース様の立場にいたら、私はそんなこと言えない。せいぜい公爵家のお掃除召使いとして雇おうって言うぐらいじゃないかしら?
なのに貴族令嬢の身分のまま保護した上、ここが何よりも一番重いと思うのだけど、私の父に交渉までしてくれるというのだ。
どうしてそこまでしてくれるのかしら。私、少し前までは知り合いですらなかったのに。
親切心からだと素直に受け取れたら楽だろうし、私も藁を掴む思いで来たけれど、そこまで寄りかかるのはちょっと……怖いわ。
そんな私の恐れを察してか、ラース様が付け加えた。
「もちろん、僕にも利があるから申し出ているんだ。君にはぜひ聖花の菓子について色々と協力してほしいし、この家にいるのなら、経過観察もしやすい」
何と言うか……実験動物扱い?
でも実験がしたいから、側に置くというのは納得できるけど。でも未来の反逆者の娘を匿い、告発まで援助してくれるというには、まだ代償として足りない気がするわ。
すると彼はおもむろに立ち上がり、なぜか私の隣に座る。
私は緊張した。
近くに来られた時に脳裏をよぎったのは、親し気に話しかけてきたと思ったら、私のノートを破いたり、嫌味を言い続けてきたオーグレン公爵令嬢達のことだ。
まさか脅されるのだろうかと思ったが、ラース様は小声で私にささやいた。
「君、スキル持ちだろう?」
「…………!!」
悟られてた!
驚きすぎて、思わず彼の方に顔を向けてしまう。
これでは真実だとまるわかりだわ。もう誤魔化すことすらできないので、私は冷静に見えるよう表情を保ちつつ、質問に切り替える。
「なぜ……お気づきに?」
「君が逃げる姿を見ていた。それを追ったんだよ僕は。人を近づけない力か……なかなか素晴らしいと思うよ」
私は思わず立ち上がろうとした。
秘密を知られていたことがわかって、反射的に逃げ出したくなったのだ。でもどこへ逃げたらいいのかわからない。
そんなためらいから動きが鈍くて、立ち上がりかけたところでラース様に腕を引かれて、座り直すことになってしまう。
「怯えなくていい、リネア嬢。君が望むのなら、必要な者以外には口外しないし、それを隠す手伝いをしよう」
「本当ですか……?」
じっとラース様の目を見る。
彼は真剣なまなざしで見つめ返した。
「約束する。代わりに、聖花のことについて協力してもらえれば、僕はそれでいい。……誓いの証になるものがほしいかい?」
私は迷った。ただの口約束ではないと証明するものはほしいけれど、一体何をもらえば、私は信じられるだろうか?
お金や宝石を積まれたって、証明にはならない。
「しょ……証文とかですか?」
考え付くのはそれぐらいだ。
聞いたラース様は、数秒きょとんとした表情になってから、吹き出す。
「すごいな君、証文でいいのかい?」
「え、あの、やっぱり証文が一番信用できるのではと思いましたし、だから……」
この国で証文といえば、借金や、遺産に関することを証明する書類であり、商売の約束事を記しておくものでもある。
それは全て神殿に納められ、最たるものは大神官様が目を通して、複製をお手元に保存するのだ。改ざんされないように。
証文以上に、約束を違えた時に「証拠がない!」と言い逃れができない代物はない。
だからつい証文のことを思い出してしまったのだけど。
ひとしきり笑ったラース様は、私に言う。
「それで、証文を作ったら、僕の言う通りにしてくれるのかな?」
「ええ。そこまでしてくださるのですから、全てラース様にお任せいたします」
反逆者の娘だとわかった上で、スキルを伏せてまで私を助けてくれるというのだ。しかも証文付き。これで受けないなら、私は相当の人間不信者だ。
「でもそんなに笑うことですか?」
いい案だと思ったのだけど、おかしかっただろうか。
「いや、とても良いと思うよ。僕はその発想が気に入った。ますます君を援助したくなったよ。あと、スキルを利用させてもらえるなら、聖花の研究が捗るだろうしね」
それに、とラース様は付け加えた。
「これが僕の見た未来につながるのではないかな、と思ったからね」
「ラース様が見た未来は……父が反逆者となっている夢では?」
私にとっては、あまりいい夢ではないように思えるのですけれど。
「その夢の中で、僕は何かを心配している様子はなかったんだ。来るべき時が来た、という感じかな」
ラース様は微笑む。
「それにこうして君と知り合った後で、君が反逆者の娘として捕縛されるようなことがあったら、とても落ち着いてはいられないけど、夢の中の僕は、君の心配はしていなかった」
だからね、とラース様は続ける。
「僕の見た未来の通りになるよう、君を守るよ」
さらりと言ったラース様が、卓上のベルを鳴らして召使いを呼ぶ。
証文用の紙とペンを用意するよう言うラース様の隣で、私はどんな顔をしていいのかわからずにいた。
貴族男性から、守るなんて……初めて言われたから。