本気ですかラース様?
「令嬢としての生活を……学院にも通わなければならない、ということですか?」
思わず顔をしかめそうになった。
そこから逃げようとしていたのに、戻れと言われたからだ。
「戻ってどうしたらいいのでしょう。いずれ私は、反逆者の娘となります。そうなれば、学院に通い続けて卒業ができたとしても……意味がないのでは」
貴族としてのステータスの一つだからこそ、私は我慢して学院に通い続けていた。けれど貴族ではいられなくなるのよ。牢獄の住人に、そんなステータスは必要ない。
そして貴族であることをやめて逃げ出すのなら、やっぱりいらない代物だ。
別人を装うのなら、誇れもしない学歴など無用の長物でさえある。
「今はまだ、君の父が行動をしていないかもしれない。だから証拠もまだ発見できない可能性はある。だからそれはおいおい探せばいい。そして、君が告発したという形にするんだ」
「私が……?」
ラース様はうなずく。
「国のため、実の父を告発したとなれば、君は国を思う心優しい女性であり、罪人の親族ではあっても対応は別になるから」
私は唇を噛む。
でも、と思うからだ。
たぶん私では誰も信じない。証拠を揃えて告発しても、本当は私も関わっていたのだろうと疑われる。そんな光景しか想像できない。
「婚約者が君と君の父を告発すると言っていたね? それより前に、君が告発できれば婚約者のことは関係なくなるだろう。そして君の発言は信じられるものだと信じさせられるよう、僕が援助しよう」
「え……」
私はいつの間にかうつむいていた顔を上げ、ラース様の顔をまじまじと見た。
嘘を言っているようには見えない。
微笑んでいる表情は、特に私を騙しているようにも感じられないけれど。
「そんなことが可能でしょうか? 悪の伯爵家の娘なんて、告発したところで、私も仲間だったから証拠を揃えられたんだと言われませんか?」
まさに私が心配していたことに、ラース様が解決の手助けをしてくれるらしい。
でもそんな方法、とてもあるようには思えないのだけど……。
「大丈夫、方法はあるよ。まずは君が、どうして伯爵家の館で暮らしていないのか、理由を詳しく聞かせてもらっても?」
「理由……」
私は言いよどむ。
呪いというのは、父親用に作った嘘の理由だ。それをそのまま話していいものか。
迷ったけれど、数秒で私は思い切った。
「私、呪われたことになっているんです」
「というと?」
ラース様は呪いという言葉を聞いても、まるで動じずに先を促した。
「その……悪夢を見たので、とにかく父と距離を取り、逃げ出しやすい環境を得ようと思いまして……。特定の人の話が聞こえないフリをしたのです。それで、呪われたのかもしれないと話したら、あの別邸に……」
まんまと移動することができたのです、とは言わなかった。さすがにこの単語は印象が悪いものね。
「領地の館にでも行かされるのかと思ったのですが、父が選んだのはあの別邸でした。ただ学院へ行かなくても良いと言われまして、それなら学院を卒業できなくなった私では、婚約も解消されます。それにあの別邸では人手が足りないので、少しずつ平民の召使いの仕事を覚えて、一人で暮らしていける技術を得ようと思い……」
「それで技術は得られたのかい?」
面白そうにラース様が聞く。
「掃除でしたら、なんとか」
まだそれしかできないけれど。
「自信がついたから、僕に仕事が欲しいと言いに来たのかな? けれど途中で、貴族に絡まれた……と」
「あれは、婚約者の父ヘルクヴィスト伯爵です。父からお金を出させるために、私と息子の婚約をもちかけた人でした。だから、私が学院へ行かなくなって、貴族令嬢としての価値が落ちると困るのです。結婚させにくくなりますから」
「それで君を捕まえて、保護したという名目で監視下において、学院に通わせようとしたのかな」
「おおよそ、そういうことだと思います」
そこでラース様は、首をかしげる。
「偶然にしては、ずいぶんと用意周到だったように見えたな。あらかじめ、君を捕まえるために、ごろつきを雇っていたようだし」
「あ、それは」
私は別邸の周囲で、あのならず者達が召使いを見張っていたことを話した。一度は、自分の召使いが捕まりそうになったことも。
「たぶん、ヘルクヴィスト伯爵が私をおびき寄せて、連れ去るために召使いを捕えようとしたのだと思います。けれど出て来たのが私だったので、そのまま捕まえることにしたのでしょう」
「よく、この周囲まで無事に来られたね」
感心する声音のラース様に、私は「ええ」と言葉少なに応じた。
スキルを使ったことは、できれば言いたくない……。いえ、仕事を得るためなら、今のうちに言うべき?
まごまごしているうちに、ラース様は結論を出したようだ。
「よし、決めた。僕が呪いを解く方法を探すとしよう」
「え……」
ラース様が!? 私は慌てて言う。
「あの、呪いは嘘で……」
「もちろんわかっているよ?」
ラース様はうなずく。
「そういう方便で、僕が君の身元を引き受けるということだよ。この理由づけなら、呪いを解く方法を探すまでの間、様々な聖花を試すので、その間君を預かる、ということにできる」
ラース様は、自分のカップに残ったお茶に口をつけてから続けた。
「この理由で君を、エルヴァスティ伯爵家の別邸から僕の家に移動させよう。対外的には、行儀見習いということにしておけばいい。君の父がすでに侵略の片棒を担いでいたとしても、娘が呪われたままでいるより、呪いを解こうとしている方がいいだろうから、うなずくと思うよ」