ラース様の提案
「しかし、平民になる必要まではないんじゃないのかい? 貴族令嬢に平民の生活は難しいだろうに。君に耐えられるか、僕は心配だよ」
疑問を口にしたラース様に、私も少し不安になりながら主張する。
「貴族令嬢として育った私は、たしかに平民としての生活の仕方もよくわかりません。ですが、反逆者の身内という汚名から逃れるためには、死んだことにでもして、貴族を辞めることが必要なのでは、と思ったのです」
そうすれば、父が何をしても関係なくなるもの。
「その案が、一番早く縁を切れることは確かだと思うよ。ただリスクもある」
ラース様が一応の同意を示しながらも、続けた。
「もし君が、死をいつわってまで雲隠れをしたことが発覚した場合、平民になっていればなおさら、貴族令嬢に対するものより酷い仕打ちを受ける可能性が高い」
「酷い……仕打ちですか?」
「例えば、君の父の犯行について、何か証拠が欲しいという時に、君が何も知らなかったとしても……拷問の末に自供したという形をとられる可能性がある」
「ひっ」
牢に入るのだけでも辛いのに、拷問ですって!?
「何も知らなくても……ですか?」
「そうだよ。むしろ、貴族令嬢ならば何も知らずにいてもおかしくはない。そう扱われる。けど平民になってしぶとく生きているとなれば、父親の罪について気づいて逃げようとしたとわかるだろう? 知っていたのなら、何か証拠を知っているだろうとか、父親を告発できたはずなのに……と思われるよ。そして貴族令嬢と違って、看守達も遠慮がなくなってしまう」
「告発……」
今の時点では、どう告発していいかわからない。
「証拠がないし、どこに証拠があるのかわからないのですが……」
せいぜい、隣国の将軍が家に出入りしていたことぐらいが、繋がりを感じさせる証拠だけれど……。それぐらいでは、証拠にはならないし、告発したこちらの狂言だと思われてしまう。
なにせ他国と交易をしている家ならば、多少は先方の国の人間が出入りすることもある。
何より隣国は、まだどこにも戦を仕掛けていないのに、そこが侵略してくると言ったら……私の頭がおかしいと思われないかしら?
スキルがあれば逃げられないかしら?
でも生活基盤がなければ、スキルで周囲の人間を遠ざけて物理的な危険はなくなっても、生活ができなないわ。
そのために、仕事を求めたのだし。
頭がぐるぐるしてきた私に、ラース様が告げる。
「証拠がどこにあるかわからないのもそうだけど、君の状況が整っていなければ、告発するのは難しいだろう。それこそ、平民として生きていける力がなければ、できるようなものじゃない。そもそも、今現在、侵略の手引きをしているかどうか定かではないのに、証拠が存在するのかもわからないよ」
「確かに……」
「僕が代わりにその告発をしたところで、夢で見たと言えば、周囲に笑われるだけだ。そして君の父親が本当に侵略の手引きをしようとしていたら、君はどこかに幽閉されて、全てが終わるまで閉じ込められてしまう」
「そうなると、私も思います」
肯定する。
幽閉されて、逃げることはできるだろうけど、やっぱり貴族令嬢としての私の知識では、その後生きて行くのは厳しいだろう。
そう思いつつ、私は一つの懸念を口にする。
「ただこのままですと、何も知らなくても……首謀者扱いされると思うのです。どうも、私の夢の中では、現在の婚約者が私のことを父に協力していたと告発していたようなのです」
そう、ミシェリア達に敵視されていたのは、アルベルトと婚約していたからだ。
その影響で、彼女を救国の乙女と慕う人達が、私を悪の黒幕のように思うのだろうし……。
先日のミシェリア自ら私に厄介ごとを招こうとする態度からすると、たとえ私がいじわるや危害を加えなくても、私を牢屋行きにするに違いない。
それを避けるためにも、私は早々に彼らからも離れたいのよ。
婚約を破棄してしまえば、アルベルトと彼女の間には障害はない。
障害になっていた私のことなど、それほど気を払うことはなくなるし、あの夢のように敵視しなくなる可能性が高いから。
そのためには、平民になるのが一番手っ取り早い。
「あなたにとって、婚約者のことも問題に絡んでいるんだね?」
「ええ……そうです」
それを聞いたラース様は、少し考え込む。
私はカップの中に残っていたお茶を飲んだ。
冷めていたけれど、美味しい。きっと公爵家では特別な茶葉を使っているのだろう。うちは本邸であっても、主である父にさしてこだわりがないせいなのか、ここまでは美味しくない。
そうして待っていると、やがてラース様が言った。
「僕に、少し時間をくれないか?」
「時間ですか?」
首をかしげる。
「その間、君が平民として生活ができる道についても選べるよう、援助をしよう。けれどしばらくの間は、令嬢としての生活を継続してほしい」