勘違いしてくれるなら、その方が
私のお願いごとに、ラース様はちょっと驚いたようだ。
目をまたたいて、考えるような表情になる。
「意外でしたか?」
思わず聞いてしまった私に、ラース様は正直にうなずいた。
「そうですね。僕としては、あなたが保護を求めに来るとばかり思っていましたので」
「保護……」
「父親が重罪人になる未来を見たのなら、普通は連座を恐れるでしょう。一族もろとも捕縛され牢につながれるのは確実ですから。そこから逃れようと思った時、女性ならば、自分が無罪だと証明してくれる人や状況を求めるはずです。そのために、僕に保護を求めるのだとばかり……」
たしかに、私としても最初はそうしたいと思った。
誰か助けてくれる人の元に身を寄せて、『私は何もしていません』と主張する。それが一番楽な方法だから。
けれどたぶん、それではだめなのだ。
ただ父親が侵略の手引きをするだけならいい。
私は――救国の役に立った人間と、その周囲から恨まれる立場だ。そして彼らは、どう言い訳しようとも耳を貸さずに、私が彼女を害しようとしたと主張し、牢に入れられてしまう気がする。
今までに見た夢から、私はそう感じた。
何をどう言っても、私は隣国を手引きする罪に加担した本人として扱われるのだ……と。
だから、ただ保護されるだけではだめなのだ。
「私は、貴族令嬢であることを辞めて生きていける術がほしいんです」
「それはやっぱり、平民になる……ということかな?」
私はうなずいた。
「保護をしていただいても……解決しないと思ったのです。血のつながりがある以上は、私の関与を疑う人がいるでしょう。それが王家の方だった場合、ラース様達にもご迷惑をかけてしまいます」
私と関係があることで、ラース様まで疑われてしまったら……。ようやくお友達らしく接してくれる人と出会えたのに、そんなことになったら嫌だわ。
ラース様は私の答えを聞いて、さらに推測したようだ。
「リネア嬢。君が見た夢は……直接、君自身が捕まる夢だったのかい? だから君は、そこまで切羽詰まった行動をとっているのかな?」
「私は……」
内心で、私はラース様を恐れた。
どうしてそこまで見透かしてしまうのだろう、と。
でもラース様にお願いごとをしているのは私だ。保護という形でラース様が前面に出るよりは、ずっと彼の負担は少ないと思うけれど。
それでも彼は、貴族令嬢を辞めるというおかしな決断を下した私に、驚きあきれた様子はない。
証明するように、ラース様は言い添える。
「もちろん僕は、悪夢を見せたことについてお詫びの意味も込めて、極力君の力にはなりたいと思っている。ただ、協力するにあたって、君がどこまでを求めているのか知りたいんだ」
「どこまで……ですか?」
「完全に縁を切ってしまいたいという、君の要望に応えるのが最善なのか。それとも、何か別な道を一緒に探すべきなのか、だよ」
ラース様は微笑む。
「僕が聖花による夢を見た時に、君が思い悩んでいたのはこのことではないか、と思ったんだ。僕の他に同じ聖花の菓子を食べた人間もまた、未来のことを夢に見ていたから、きっと君も同じことを夢に見たのだと思った」
言われて見れば、すぐに推測できることではあった。
誰だって、親族が侵略の手引きをしたなんてことになったら、気に病むでしょうから。
「たぶんそれで、君はエルヴァスティ伯爵家から逃げ出すことを考えたんだろう? 君が今別邸にいるというのも、この数日学院へ来ていないことも全て、そのために行動した結果じゃないのかい?」
ここまで言われては、私もシラを切るのは難しい。
ラース様は、すでにそうだと確信しているようだし。
ただ、ラース様は父親が捕えられ、伯爵家が没落するという形を想像しているのではないかしら?
私自身が、悪役として牢に入れられたとは思っていないようだし。もしかしたら、家が没落して路頭に迷う夢だったと考えているかも?
(罪人になったことは、知られたくない……。伏せたまま話そう)
今までとは別の意味で、私は改めてそう思う。
私が夢の内容を話したら、きっと悪夢を見る原因を作ったラース様は、とても気に病むだろうから。
「その通りです、ラース様。父が隣国と……という夢でした」
「どう考えても悪夢にしかならないね、それは。ただでさえ気に病むことが多いのに、おかしなことに巻き込んで申し訳ない」
謝るラース様に、私は首を横に振った。
「むしろ感謝しております。おかげで、最悪の未来からは逃れられるかもしれません。私はその機会を得たと考えておりますので」
と言っても、前向きになれたのはスキルのおかげよね。
外からの悪意を少しでも受け取らなくなったから、心に余裕ができた。そして自分でも何かができるかもしれない、一人で生きていけるかも……と考えられるようになったのだから。
「その願いが本気だと見せるために……召使いの服装を?」
あ、これはただ、抜け出すために都合がよかったんです。
けれど今は、私はうなずいておく。
その方がより「らしい」と思ったからだ。姑息ではあるが、嬉しい勘違いは利用したい。