ラース様へのお願い
通されたのは応接間だ。
歴史ある公爵家らしい重厚な家具に、金の装飾も美しい白壁と天井の組み合わせは、明るさがありながらも落ち着いた雰囲気の部屋。
中央に置かれた、厚地の蔦模様の布が使われたソファに、私は座っている。布メルデン織。国内の北にある華麗な織物で有名な土地の物だ。
そこに召使いの服で座っていることが申し訳ない。
けれどラース様は気にすることもなく、私に使用人達が淹れたお茶を勧めた。
「どうぞリネア嬢。お疲れでしょうから、温かなお茶でまずはおくつろぎ下さい」
「お気遣いありがとうございます」
喉も乾ききっていたので、お茶はとてもありがたかった。
「そういえば、あれから聖花の影響で眠り込むことはなかったかい?」
「はい。先日はありがとうございます。おかげで特に不調もなく過ごすことができました。花菓子を届けて下さったアシェル様には、大変ご足労をおかけいたしました」
「彼には色々とお使いを頼むことも多くてね。気にしなくていいよ」
先日の一件の話をしているうちに、半分ほどカップの中身を飲み干していた。私が落ち着いたのと見計らったように、ラース様が話を振る。
「さて、今日その姿で出かけていた理由を聞いても?」
私はうなずく。
「実は……ラース様を訪ねて参りました」
「たった一人きりで僕のことを? 何か内密の話でもあったのかな?」
やはりラース様は察しが良い。
「私の悪夢の件で、どうしてもお話したいことがございまして」
「それはもしかして、アシェルが話したはずの、僕の夢が関係している?」
ゆっくりと私はうなずいて肯定した。そして話し始めようとしたところで、ラース様に遮られてしまう。
「それはもしかして、君も、自分の父が侵略の手引きをしたという夢を見たから? それで、僕の悪夢の話を聞いて、直接来たんだろう? 誰にも知られずに、その話がしたくて」
ラース様は「そう思ったのはね」と続けた。
「君の行動の変化だ」
「私……のですか?」
「そう。君があの花菓子を受け取ってから、行動が変わった。例えば、君は婚約者に接触しなくなった。以前は怒っていたのに。そして他の誰かのことなど、気にしていられない、といった様子になった」
たしかにラース様の言う通りだ。
私はアルベルトや恋人の召使いのことなんかより、悪夢のことが気になっていたし、その後は手に入れたスキルのことで頭がいっぱいになった。
「他の者にとってはささいなことかもしれない。現に、以前と今の様子を聞いた者達は、何も気にしていなかったから。だけど僕は、君の見た悪夢が影響しているんだろうと感じた。そして今日こうして一人で来たことで、僕は確信を得た。……どうだい?」
「…………そうです」
私は肯定した。
ラース様はどこまでもお見通しで、否定しても嘘をついているとすぐにバレてしまいそうだったから。
たぶん誤魔化そうとしても、私は誘導尋問に引っかかってしまうだろう。そう感じた私は、うなずくしかなかった。
本当は―――国賊になるなんて未来は、言いたくなかった。
でも、いつかは知られてしまっただろう。特にラース様が同じ未来について知ってしまった後では……。
仕方ないことだったと、私は自分に言い聞かせる。
ただ懸念するのは、ラース様が未来で国賊になるだろう父を持つ私を、どう思うかだ。
……ちらりと見たラース様の様子は、以前と変わりない。
今までは、夢を見たのがラース様自身だけだから……。何かの思い違いだと思ってもおかしくはない。だけど私も同じ夢を見ていたのだと確認したのだから、間違いなく実現しうる未来だと感じたはずなのに。
どうして、ちらりとラース様の様子をうかがえば、彼はそれまでと同じように泰然とした態度でソファに座っている。
(気にしていらっしゃらない……?)
何一つ、ということはないと思うけれど、その様子からは、私が危惧するほどラース様は問題視していないように見える。
当のラース様は私に言う。
「そんな君が、僕に頼みたいことは何かな?」
「私は……」
用意してきた言葉を、そのまま言うのをためらう。
そうしたら、私が……家からも何もかもから逃げたいのだ、とラース様は気づくだろう。
貴族の義務もなにもかも投げ出し、助かりたい私のことを、軽蔑するだろうか。
貴族の地位を捨てるなんてと、理解できなくて嫌いになるだろうか。
そんな可能性を考えつつも、結局私は願いを口にした。
「私が一人で生きていけるよう、ご協力いただきたいのです。具体的には……私に仕事を何かいただきたいのです」
私はさらに言葉を重ねる。
「あ、花菓子の効果についての検証へのご協力とは別に、です」
協力すると約束した作業について、金銭を要求していると思われては困るわ。心証が良くないものね。
私は、他にきちんとした仕事がほしいのだから。
できれば貴族の令嬢としてではなく、別な仕事を。