スヴァルド公爵家へ到着です
ヘルクヴィスト伯爵がよろめきながらこちらへ近づき、ラース様に言う。
「その召使いは、召使いではなく……」
でも戸惑いと、先ほどは私を召使い扱いをして攻撃しようとしたせいで、言い訳を考えて何を言いたいのかわからない。
そんなヘルクヴィスト伯爵を放置し、ラース様は側までやってきた私に視線を向ける。
「君は召使いなんだね?」
確認の言葉に、私はうなずいた。
あくまで、召使いで通した方が、この場としてはいいのよ。伯爵令嬢としてだと、おかしな格好をして一人で歩いていることも、おかしな能力を持っていることも、全てがよろしくない。
ラース様は特に説明も聞かずに、私の意図を察してくれたようだ。
「この召使いは私あてに寄越されたものですよ、ヘルクヴィスト伯爵。この者の身元は私が引き受けます。それで、何があったのでしょう? 女性一人を大勢で追いかけまわすとは……」
ラース様の視線は、先ほど彼の従者に倒された、ならず者達に向けられる。
「このような無頼の者を伯爵がお使いだというのも、不可解ですね。これについて説明を求めたいのですが? 僕を侮辱するような言葉もありましたし」
「い、いえ」
ラース様の言葉に、ヘルクヴィスト伯爵は後退る。
「その者達は、私とは関係がない者で! 私はその召使いを助けようと……」
「では、僕が保護するので問題ないででしょう。あなたは安心してお帰りになったらどうですか?」
やんわりと、『邪魔だからどっか行け』と言われたヘルクヴィスト伯爵は、鼻白んだ表情になったものの、それに従うしかなかったようだ。
何せ相手は、王位継承権をも持つ公爵閣下。
「では、私は失礼します……」
苦々しそうな表情で一礼し、彼は立ち去る。
それをぼんやりと見送ったならず者達は、慌てて退散した。
「おい、報酬はどうなるんだ?」
「知るかよ、今のうちに問い詰めるしかないだろ!」
と大騒ぎしながら。
(……いいのかしらあれ)
ヘルクヴィスト伯爵に命じられて、私を取り囲んでいたことが丸わかりになってしまうのだけど。
「ノイン、マルク」
ラース様が名前を呼ぶと、それまでラース様の側に控えていた二人が動き、一人のならず者を捕まえ、鮮やかに気絶させる。
「ひぃいぃ!」
他のならず者は、それに怯えてまたたく間にその場から逃走、姿を消した。
仲間を置いて行くあたり、冷たいけれど、危機管理としては正しい判断かもしれないわね。
「どちらかが、その男を運んで自白させておくように。警邏兵の元でも同じことを吐かせて調書を取っておくといいよ」
「承知いたしました」
従者の片方が、さっと行動をする。
実はこの二人の従者、どちらがどちらかちょっと見分けがつかない。赤茶けた髪色に、髪型もほぼ同じ。顔もそっくりなので、双子なのだろう。
「さ、君はまず、僕の館へいらっしゃい、リネア嬢」
にこやかにラース様が、私との間にあったわずかな距離を詰め、手を握る。
ちょっとびくっとしてしまったのは、たぶん、従者を使うその姿が、少し怖かったからだと……思う。
おかしいわね。貴族なら、ままあることなのに。
「では、馬車へどうぞリネア嬢。詳しい事情については、我が家でお休みいただきながら、聞かせてもらえると嬉しいな」
私は差し伸べられた手をとり、ラース様の馬車へ乗り込んだ。
公爵家まではほんの少しの時間で到着する。
そもそも、かなり近くまでは来ていたのよ。ヘルクヴィスト伯爵がいなければ、私の足でもとうに着いていたはずだもの。
それでも、歩き続けたり、走ったりした私には馬車で休む時間はありがたかった。
到着した公爵家の館が大きかったので、なおさらそう思う。
歩いていたら、かなりの時間がかかっただろう。
馬車に乗っている間、気遣ってのことか、ラース様はあまり話しかけては来なかった。尋ねたのは、ただ一つ。
「リネア嬢、着替えが必要かな?」
「いいえ、大丈夫です」
この後の話し合いが終わったら、あの別邸に一度は帰らなければならない。こっそりと戻るためにも、召使いの服は必要だ。
ラース様も、召使い相手に話をしているのは気になるかもしれないけれど、少し我慢していただこう。
私が馬車から降りると、エントランスへ出てきて待ち構えていた召使い達が、目を見開いていた。
まさか主人が、召使いを自分の馬車に乗せて連れて来るとは思わなかったのだろう。
けれどラース様が先に下りて、私をエスコートすると、何か事情があると察してくれたのか、表情が落ち着いたものに戻る。
そのラース様は、近づいて来た家令に説明した。
「わけあって、召使いに身をやつしたご令嬢を招待したんだ。丁寧な対応を頼むよ。あと、ノインとマルクが連れて来ている男について、よろしく」
従者が捕まえて引きずって来たならず者に関しても指示し、ラース様は笑顔で私を中へ招待した。
「ようこそ我が家へ、リネア嬢」
「お招きありがとうございます」
改めて一礼し、私はラース様と一緒に建物の中へ入ったのだった。