助け手は
一番いいのはスキルを使うことだ。
けれどこの人に見せたくは――。
(いえ、一つ良い言い訳があるわね)
思いついた私は、ヘルクヴィスト伯爵に言った。
「とにかく私は、お嬢様ではございません。失礼いたします」
相手に一礼だけして、さっさと道を反転する。
「では誰だと言うのかね?」
嘲笑するように尋ねるヘルクヴィスト伯爵に、私は答えた。
「……魔術士ですわ」
こうなったら、先ほどのならず者達の勘違いを利用しよう。
今から私は、魔術士の真似事をするのだ。
「わけあってお嬢様に仕えることになった者ですの」
多くは語らない……墓穴を掘りかねないから。
そのまま私の背後に走って追いつこうとしていた、ならず者達の方へと進む。
「ちょっ……またこれだ!」
「なんで進めないんだ!?」
「っていうか、押されて、うわっ!」
私が進む度、彼らは後退を余儀なくされている。
この光景を見て、ヘルクヴィスト伯爵も何か思うところがあったようだ。
「あの陰気な令嬢が……そんな力を持っているわけがない。まさか本当に魔術士なのか? 外見ももしかしてわざと……?」
私の思惑通りの勘違いをしてくれたようだけど、むっとする。
陰気とは、ずいぶんひどい言いようね。元から信用できる人ではなかったけど、ますます嫌になったわ。
「いや、でも万が一ということもある……」
そんな言葉が聞こえたけど、私は無視してならず者達を押し返すように歩き続ける。
そしてもう少しで角を曲がるというところで、ふいに私の横を、素早く何かがよぎって行った。
カン、と甲高い音を立てて、矢が石畳に当たって跳ねる。
「な……」
うそでしょう?
万が一にも私が『リネア』であるなら、どうして矢を射るの!?
私は驚きのあまり振り返ってしまう。
ヘルクヴィスト伯爵は、馬車に同乗させていた従者らしき人間に、さらに矢を射かけさせようとしていた。
「そこの女、止まれ! あくまで召使いだというのならなおさらだ。貴族である私の命令に背くことは許さん。それにお前は本当に魔術士か? 人を寄せ付けないわりに、矢を通すとは……」
そう言ったヘルクヴィスト伯爵は、口をゆがませて笑っていた。
私はためらう。
人だけを近づけなければいいと思った、私の失敗だ。
(かといって、どこまで指定したらいいのかわからない……)
空気以外の全てなんて指定したら、側にある館の塀も石畳も影響を受けそう。かといって思いつく限りの武器を挙げても、万が一、その中から漏れたものがあれば……やっぱり疑われる。
とにかくこの場を立ち去るのが一番だわ。
私は矢や剣をブロックすることにして、走り出そうとした。
そこに、ガラガラと馬車が走って来る音が聞こえた。
またヘルクヴィスト伯爵の手の者かもしれない、と思って警戒する。
だけど角の所で停止したその馬車は、黒塗りではあっても、ヘルクヴィスト伯爵家ではない金の紋章が側面にほどこされ、白のお仕着せの従者や御者がいる。
(伯爵の関係者……?)
と思ったが、紋章が違う。
角を持つ獅子の印はこの王国の王家の証。それを許されているのなら、王族に連なる家で……。
扉が開いたとたん、私は目を丸くした。
「ああここにいたんだね。迎えに来たよ」
降りて来たのは、金の長い髪をした青年――ラース様だった。
「ラース様……」
彼は微笑んで、私に誘いかける。
「遠かっただろう。こちらから迎えに行けばよかったのに、気が利かなくて悪いね」
ラース様は、私と自分の間にいるならず者達について、全く気にする様子がない。むしろ私はそのことに戸惑ってしまう。
あの、大丈夫ですか?
案の定、ならず者の半数が、ラース様を威圧しようとした。
「なんだこの優男」
「おい、こっちの獲物に何しようとしてるんだこのガキ!」
ラース様はようやく彼らを見て、それからため息まじりに背後にいた従者二人に命じた。
「排除を」
その一言で、二人は無言でならず者達に走り込んでいく。
「は?」
ならず者達が対抗しようとしたが、それより先に、彼らの攻撃がくわえられ、あっという間に蹴り飛ばされ、私とラース様の間に障害がなくなる。
「さ、危険はなくなったよ」
差し伸べる手に、私はわけがわからないながらも近づくことにした。
なんだかとんでもない状態だけど、私は彼に会いに来たのだ。この時を逃してはいけない。
「お、お待ちくださいスヴァルド公爵閣下!」
そこでようやくヘルクヴィスト伯爵が声を上げた。