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夢見が悪かった朝は

 気づくと、私は鉄の檻の中に入れられていた。


 どういう状況かわからない。けれど麻の灰色をした貫頭衣を着せられただけで、檻の中にいて、その檻は粗末な荷馬車に乗せられて道を進んでいた。


 そこが王都の大通りだ、というのはわかる。

 建物の様子などに見覚えがあったから。


 沿道には沢山の庶民達が詰めかけて、私を憎々し気な目で……もしくは好奇心いっぱいの目で見てささやいていた。


 ……まるで、劇の悪役みたいだ。

 ……救国の乙女を殺そうとしたんだって?


 檻に入れられた私は、通りに集まった人々からそんなことを言われる。


(私は何もしてない。そんなことしてないわ!)


 叫んでも、誰も私の話など聞こうとしなかった。


 ……やだ、悪魔のような女が何か言ってるよ。

 ……いなくなれ悪役!


 むしろ私に向かって石をなげてくる。

 あられのように降り注ぐ石が、入れられた檻の隙間から落ちて私にぶつかった。


 痛い、どうしてこんな目に遭うの!?

 やだ血が出てる。痛い。

 助けて!


「うあああああっ!」


「きゃああっ!」


 突然叫びながら起きた私に驚いて、物音を立てずに目覚めた後の支度をしていた召使いが叫んだ。

 飛び起きた私と召使いの目が合う。


 頬にそばかすがある金茶の髪の召使いは、ここ数年、私の部屋係になっている女性だ。

 わたしより一つ上で、今年17歳になるはず。名前は確か、カティだったような。


 そこまで思い出しつつ、じっと見つめ合っていると――すぐに召使いがその場に平伏した。


「す、すみませんお嬢様! お騒がせいたしました!」


「い、いえ、いいわ……」


 どうも彼女は、自分が立てた音のせいで私が目を覚ましたと勘違いしたらしい。

 叫んで飛び起きた私がいけなかったのだけど、詳しく説明しても、カティの仕事の手を止めさせる時間が長引くだけ。

 そうするとカティの朝食も遅れる。さらには、仕事が遅れていると家政長に怒られてしまう。


 ……以前もカティは、似たような理由で朝食を抜きにされていたもの。

 しかもあの家政長は私が口添えをしたところで、その時には『お嬢様の御心のままに』と言っておきながら、結局は無視するのだ。

 父に無視をされている私を、あなどっているのでしょう。


 とにかく、問題はなかったということでこの場をやり過ごすことにした。

 カティは再び一礼し、朝の支度を整え始める。


「お嬢様、今日はどのお衣装をお召しになりますか?」


「そうね……暗い葡萄酒色のものがあったでしょう。あれを出してもらえる?」


 言えば、カティはとまどった表情になった。

 無理もない。16歳の貴族令嬢が、朝から陰気な色の服を着たいと言うのだから。


 あれはそもそも、弔事があった家へしばらく間をおいてから訪問する時に、派手過ぎない服装をするために注文して作らせたのだ。


 今この家も、弔事などない。

 しかも自分の誕生日だ。


 わかっているけれど、あんな夢を見た後で、明るい色のドレスを着る気分にはなれなかった。

 カティは私の要望通りのドレスを衣裳部屋から持ち出し、着替えを手伝う。


 その間、私は夢のことを思い出していた。

 とてもひどい夢だった。

 あんな夢を見たのは、昨日、ひどい目に遭ったせいかもしれない……と思ったところで、もう一つ、要因になりそうなものを思い出した。


 ――聖花だ。


 ヨアキム叔父様がくれた聖花のお菓子。

 いい夢を見せてくれるはずなのに……見たのはとんでもない悪夢だった。


(暗い色の花だったから?)


 黒い色の聖花は、闇系の魔法の媒介として使うと聞いたことがある。だから夢にも影響が出てしまったのかも。


(でももったいないわよね……)


 昨日は疲れてしまったから、食べてすぐ眠って、うっかり夢を見てしまった。けど、今日はもっと早く早退するつもりだし、お昼のおやつにしたら大丈夫だろう。


 伯爵令嬢でも、聖花菓子はおいそれと沢山食べられるものではない。

 毎年ヨアキム叔父様が贈ってくれるので、唯一の誕生日の楽しみだったのだ。捨てるなんて考えられない。


 そんなことを考えつつ、私は一人きりで朝食を食べ、学院へ登校した。


 学院は、宮殿のように大きな建物だ。

 元は王の離宮の一つ。

 舞踏会を開くことができる大広間だって三つほどある。

 白亜の元離宮は、周囲を緑にあふれた広大な敷地に囲まれ、その敷地は王の警備隊が巡回して、不審者が入らないように目を光らせていた。


 そもそもこの学院は、時の王が設立させた。

 自分に臣従している貴族を信用できずに、その子供達をひざ元近くで監視……もとい人質として置きたいがために、わざわざ作ったのだ。

 だからここは、貴族ばかりが通う学院だ。


 しかも創立にそんな事情があるため、貴族達は学院へ必ず通わせなければならず、人質という意味が薄れてしまった今では、ステータスの一つになっている。

 だから周囲から嫌われていると承知していても、この半年の間、がまんして通っていたのだ。


 一方で、学院へ通う楽しみも一つだけあった。

 学院には、乗馬を楽しめるように馬も厩舎もそれを管理整備する者達もいる。領地に戻らなければ乗馬などなかなかできないので、放課後の学院で楽しんでいたのだ。


 ここ数日は、放課後になるとすぐに帰宅していたので、楽しむ暇もなかった。それが残念だ。

 もう少し心穏やかに生きて行きたい。そう思いながら、学院の正面玄関に馬車が止まったので、降りて中へ入る。

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