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お嬢様の初めての単独外出 2

 しかもならず者達の会話に、私はまゆをひそめた。


「こいつ、俺達の話が聞こえてないのか?」


「無視してるだけだろ」


「しかし令嬢が人の声が聞こえない呪いをかけられたって……」


「うつる呪いだったらどうすんだよ」


 嫌そうにしながら、ならず者達が少々私から間隔をとった。


(家にいる人間の誰かが、この人達に情報を流している?)


 そう考えるのが自然だと思う。

 ただ理由がわからない。


(召使いから強盗をする理由って何? ただ強盗がしやすそうだから、狙ったの?)


 その場合もあるけれど、かといってこういった類の人間が、すべての貴族に伝手を持っているわけでもないだろうし。


(……考えても仕方ないわね。偶然うちの本邸に情報を流す人間がいて、その人間と交流がある者が、このならず者の仲間にいた、とかそういう可能性もあるのだもの)


 今はとにかく、この男達から遠ざからなければならない。

 私はようやくたどりついた大通りに、さくさくと進んだ。


「ちょっ……」


 うろたえるならず者達。

 召使いを追いかける男達、という図式はあきらかに異常なので、人通りの多い場所で同じようなことはできまい。

 馬車を避けて端を歩く人波の中に紛れると、ならず者は遠ざかった。


「まだ追って来るの?」


 しかしどうしても私から物を奪うことを諦めていないようだ。

 離れて不自然ではない距離をとりながらも、私を追いかけ続けている。

 不自然にならないよう、自分の体から手の大きさ分だけ他人をブロックしつつ歩く私は、困惑していた。


「いつまでついてくるのでしょう……」


 もしかして、目的はただの物取りではない?

 まさか私があの別邸に住む令嬢だとわかっているわけでもないし……。召使い、って呼びかけていたものね。


(けど、呪いが伝染すると勘違いしているようなのに、まだ追いかけて来るのは……一体どういう目的があってのことかしら)


 とにかく大通りを進み続けた私は、彼らを撒くことにした。

 なんのことはない。


(私を追いかけてきている、あの男と、あの男と、あの大男が私から三十歩以内に近づけないように)


「うわっ!」


 ブロックの範囲を設定したとたん、背後で悲鳴が上がった。

 おそらく近すぎて弾き飛ばされでもしたのだと思う。

 すぐさま私は走り出し、その上でブロックの範囲を広げた。


(私から百歩以内に近づけないように)


 疲れたのでまた徒歩に切り替え、さらにブロックの範囲を広げる。


(私から二百歩以内に近づけないように)


 さぁ、これで私がどこかの角を何回か曲がれば、わからなくなるでしょう。

 しかも、とてもいいものを見つけた。


「そこの馬車は、貸し馬車かしら? これで白百合通りまで行けるかしら?」


 貸し馬車と、休憩しているらしき、パイプでたばこの煙をくゆらせているおじいさんを見つけたのだ。

 私が差し出した硬貨を見て、おじいさんは目を丸くし、満面の笑みを見せた。


「もちろんともさ! さぁ乗った乗った。白百合通りのどこまでだい? お貴族様へのお使いかい?」


 馬車の扉を開けてくれたので、私はそこにいそいそと乗る。

 前側は壁もなく、御者台が見える二人乗りの馬車だ。


「ええ、スヴァルド公爵家までお願い」


「はいよ」


 おじいさんは機嫌よく言って、御者台から馬に鞭で指示を出す。


(よかった。そろそろ足が疲れて来ていたのよね)


 離宮を改築した学院も、本邸も広いから、歩くこと自体はそれほど不得意じゃないと思っていた。だけどしばらく別邸の小さな家の中にこもりきりだったから、どうも体力も落ちていたみたいね。

 背後を振り返ってみるが、追いかけてきている人間の姿は見えない。


「良かった」


 これで馬車で公爵家まで乗り付ければ大丈夫。

 私は着楽に馬車の時間を楽しんだ。


 しかし王宮へ続く大通りから、白百合通りへ入りかけたところで、別の馬車が後ろをついてくるようになった。

 最初は、どこかの貴族の馬車だろうと気に留めなかったのだけど、何度角を曲がってもこちらを追ってくるのだ。


(まさか仲間かしら……?)


 黒塗りの馬車を持つ人間が、あのならず者の仲間だとしたら厄介だ。

 それでも最初は、その馬車を引き連れて公爵家へ向かってしまえばいいと思っていたが。


 ふいに、別の馬車が目の前に現れた。

 しかもこちらの馬車を通せんぼするような位置で止まる。


「えっ!?」


 背後の馬車は速度をゆるめて止まり、中から複数の人間が降りてきて、剣を抜いた。

 挟み撃ちをしているようにしか見えない。


「どうしましょう」


 とにかく、身を守れない御者は逃がさなければ。そのためにも、私が離れた方がいいだろう。


「ここまででいいわ」


 そう言って、おろおろしていた御者のおじいさんを置いて、私は後ろに向かって走り出した。


「お、客さん!?」


 声が追いかけてくるものの、馬車の後ろは幌がかかっていたので、こちらの様子は見えないはず。

 それをいいことに、私はスキルを使って、五歩分だけ誰も近づけないようにして、剣を抜いた集団に向かう。


 まさか私の方から向かってくると思わなかった男達が、思わず立ち止まってしまう。

 その中を通り抜けたら、当然私が近づいたとたんに、彼らは押し飛ばされた。


「わっ!」


「何だ!?」


 驚く男達は、目を丸くしている。けれど慌てて私を追いかけはじめた。

 これで、あの御者のおじいさんの方に向かうことはないでしょう。


 問題は……。通せんぼをしていた馬車の人間が、御者のおじいさんから私の行先を知るかもしれないことかしら。

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