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お嬢様の初めての単独外出 1

 私はとりあえず、住み込みの召使い達の動きを見守った。

 こっそりと外出する隙を見つけるためだ。


 三日ほどしてから、「気晴らしがしたいわ」と私は夕方に門の内側を歩き回ったりしてみせた。

 そして翌日、満を持して午前中から具合が悪い風を装う。

 少しせき込んでみたり。

「大丈夫よ」と言ってみたり。


 事前にそうして体調不良を匂わせて、昼には部屋にひきこもった。


「ごめんなさいカティ。お昼からちょっと眠るわね。なんだかだるくて」


「お医者様は呼ばなくても大丈夫でしょうか?」


 カティが心配そうに言ってくれるけれど、ごめんなさい、呼ばれると困るのよね。


「とりあえず眠ってから考えるわ。熱がある感じでないから、たぶん休めば大丈夫だと思うの」


「わかりました。何かありましたらお呼びくださいね」


 カティは部屋に常備している水を変えて、退室した。

 ……さぁ。ここから作戦を実行するのだ。


 まずは早々に、あらかじめ部屋に隠していたお仕着せに着替える。

 それから時間を確認。


「一時半……よし」


 私さえ部屋から出ないとわかっていれば、この時間は召使い達は台所横で食事をしている。

 この間が一番、気がそれているし、おしゃべりの声で物音を聞き取りにくい時間だ。

 一度そっと覗いたことがあるけれど、気づかれなかった。


 私は部屋の扉を薄く開けて、カティの姿がないことを確認した。

 それからゆっくりと階下へ降りていく。


 抜き足差し足……。

 時々、木造の階段がギッ……と音を立てる。慎重に、それ以上大きな音を立てないようにして一階へ到着。

 エントランスの扉も、先日音がうるさいからと油をさしてもらったので、きしむ音は立たなかった。


 私は外へ出た。

 ポケットには、万が一のためにいくらか硬貨も入っている。そして自分の書いた手紙も。


(まずはラース様のお屋敷に行って、手紙を届けに来たと言うのよ。手紙を見てもらえたら、私が返事を待っている召使いだということはわかるようにしたから、待っていればいいわよね)


 それでラース様とは面会ができるはずだ。

 現状については、以前アシェル様から少しは説明を聞いているはず。こんな格好で私が動き回っていることには驚くでしょうけれど。

 それで『貴族令嬢がそんなことをするなんて……』と言われたら、その時はまた別の手を考えよう。


「全ては投獄されない人生のために、よ」


 まずは王都の中でも、大通りへ出なければならない。

 貴族の邸宅が多い場所は、大通りを王宮へ向かって進んだ場所だ。スヴァルド公爵家はその周囲で聞けば、場所がわかるだろう。


 私は急いで歩く。このあたりは治安が悪いようだから、早々に離れる必要がある。


「そう何度も、スキルばかり使っていられないものね」


 スキルのことが露見するのは嫌だから。

 ものすごく緊張しながら私が歩いていると、やがて後ろから誰かがついてきている感覚があった。

 ちらりと振り返ると、以前カティを襲ったのと似たような身なりの男が一人……二人。


(この人達なら、スキルを使っても大丈夫かしら?)


 ただの物取りなら、むしろ私がスキル持ちとわかれば、手出しをしなくなるかもしれない。

 あの別邸の人達全員に。

 貴族の家だとはわかっているだろうから、そこにスキル持ちが雇われているとでも勘違いしてくれるだろう。


「私から十歩以内に、近づけないように」


 ぼそっとつぶやきつつ、スキルの範囲を設定。これで私に掴みかかることもできない。

 だから落ち着いて歩きましょう。長く歩くのは久しぶりですもの、転んでは大変だわ。

 そうして歩く速度を落としたら、


「おい嬢ちゃん、金出せ……よ?」


 低くすごむような声が、最後にひっくり返ったように上がる。

 ちらりと見れば、私に近づいていたならず者が、それ以上手を伸ばせずに目をまたたいている。

 そんなならず者を置き去りに、私はさらに進む。


「ちょっ、何やってんだよバカ! 待てよそこの召使い!」


 目の前に立ちはだかってきたならず者がいた。

 肩幅は私の倍以上、腕の太さも私の腰囲くらいはありあそうな、屈強な男だ。むしろ私は疑問に思う。

 どうして肉体労働で働けそうなのに、物取りをしているのかしら?


(こちらの方が割が良かったのかしら。それとも借金をしているの? たしか召使い達のおしゃべりで、そんな話を聞いたことがあったわ)


 たまさか耳にした本邸での召使いのおしゃべりで、知り合いの男が物取りになって、捕まって牢に入れられたという話があった。原因は、借金を返すために、手っ取り早く大金を稼ぐためだったらしい。


(牢生活なんて、ろくなものではないのに……)


 悪夢として見ただけで、私などもう十分だったし、あんなみじめで酷い思いをしたくないからこうして頑張っているのだ。

 この男もまっとうに働いた方がいいと思うのだが……。


 なんて考えつつ、私はそのままずんずんと進む。


「はっ? なんだこれ?」


 私の進行を妨げられず、どんどんと私から一定の距離で離れたまま、後ろに歩いていくしかない男が、目を丸くしている。


「魔術士か?」


「あの屋敷で魔術士を雇ったなんて聞いてねぇよ!」


「しかしさもなければこんな真似できるはずが!」


 他のならず者仲間まで出てきて、私の周囲をとりまくものの、私の歩を止めることもできずに横に後ろにと従って歩くような状態になっている男達。

 困惑しながら話し合っている内容に、私は首をかしげた。


 この男達、ずいぶんと我が家のことに詳しそうな口ぶりだけど、どういうこと?

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