秘密は墓場までお願いします
もっと別の方面から攻めるとして……どうしたらいいかしら?
そこでふっと思い出したのが、カティが教えてくれた物語のことだ。ここを端緒に説明してみることにする。
「あのねカティ。大切にされるかもしれないけど、すぐに私、神殿にでも行かなければならなくなるわ。そうしたら、もうカティに面白い本のことを教えてもらっても、読めなくなるの」
「え……。でもスキルをお持ちの方全てがそういうわけでは……」
「私の能力の場合は、そうなる可能性が高いわ。なにせお父様は悪名高い方。他の貴族達からも嫌われている。そんな家にスキルを持つ者を置くのは、避けたい家も多いでしょう。箔をつけるようなものですもの」
一呼吸入れて、私は続けた。
「悪名高い伯爵家に味方を増やす材料になるからと、各貴族家が神殿に働きかけるかもしれない。そうしたら、神殿は私を取り込もうとするでしょう。お父様も、神殿には敵対しないはず。そして神殿に入れば、なかなか外には出してくれないわ」
「それは……」
カティもうちの評判がかなり悪いことは知っているので、反論ができないようだ。
ここを畳みかける。
「私ね、ずっとこの別邸で暮らしていってもいいと思っているの。お父様は私を気にもしていないし、使用人にも軽んじられていて、本邸は息苦しかった。学院も辛いことばかりだったから、行かなくて済んでほっとしているわ」
「お嬢様のお辛さは、存じておりました」
カティはそう言ってくれる。
「人に嫌われたりする人生は、もうこりごりよ。ここで静かに暮らせるのなら、私はそれでいいの」
「でもご婚約していらっしゃいますから。いずれは嫁がれるのでは?」
ああそうだ。カティは……というか、家の者はその辺りはよく知らないのだ。私が何も言わずにいたから。
(まぁ、言っても何も対処できなかったでしょうし)
仕方ないので説明する。
「婚約者は、私のことが嫌いなの。お父様の黒い噂のこともそうだし、他に好きな人がいるのよ」
「そんな……」
カティがものすごく泣きそうな表情になる。
「邪険にされ続けて私もあの方とは離れたいの。だから結婚はしたくないわ。私が呪われた結果、婚約も解消されたら嬉しいわ。ね、カティ? せめて私、自由に外出できて、好きな本を買いに行ける環境で暮らしたいの」
ついでに言うと、ゆくゆくは平民生活を送るために、ここから自由に脱走できるように能力は隠しておきたいの。
「……わかりましたお嬢様。このことは私一人の胸に収めておきます」
ここまで説明して、ようやく納得してくれたようだ。
「ありがとう。一生秘密にしておいてね。代わりに……ああ、これをあげるわ」
私は着ていた召使いの服の襟に手をかける。そこには、襟元を止めるため、適当に自分の持っているブローチを使っていたのだ。
予備の服だったからか、ちょっとボタンがとれかけていたのよ。
ブローチを外し、カティの手に握らせる。
「私の感謝の気持ちよ。受け取って」
「お嬢様……こんな高価なものはいただけません」
カティが驚き、首を横に振る。
「いいえ。そもそもこの状況に巻き込んでしまったのは私だし、このままでは本邸に戻れないかもしれない……と不安でしょう?」
カティが黙り込んでしまう。
「だから万が一のために、とっておいて。後々、もし別な勤め先を探さなければならなくなった場合のために、後で叔父様宛の手紙を渡すわね。それを持って行けば、この先のことを心配せずにいられるでしょう」
カティは、とうとう目に涙がにじんで、手で拭った。
「そこまでしていただくなんて……。私、秘密は墓の中まで持って行きます。絶対に」
決意を秘めた表情でそう言ってくれて、私はありがたかった。
でも泣くほどのことかしら……? 精神的に開放感のある選択をしたいから、黙っていてほしいだけなのだけど。
「さ、掃除の結果を確認してちょうだい。そうしてお昼の支度をお願いね」
私はカティに明るく言って、彼女の手を引いたのだった。
その後、夕方になってようやく本邸からの使いと一緒に、料理人と召使いが二人やってきた。
家令と一緒に。
……危なかったわ。
今日の昼間だったら、掃除のためにカティから予備のお仕着せを借りて着ていたし、食事についても習っておこうと思って、台所でナイフの使い方を教わっていたのだもの。
疲れたので、着替え直してくつろいでいる時で良かった。
「料理人や使用人が参りませんでしたこと、こちらの不備をお詫びいたします、お嬢様」
応接間に移動すると、待ち構えていた家令がそう言って深く一礼した。
この態度からすると、まだ私は見捨てられてはいないらしい。呪いが解けない……ということになれば、どうなるかわからないけど。
「結局、料理人達は自分でこちらに来なかっただけかしら?」
「いいえ」
家令がきっぱりとそれは否定した。
「通うには問題があったようで……。なのでこの度は、住み込みの者を連れてまいりましたので」
「一体どんな問題があったの?」
嫌になって来ないのならわかるけど、問題があるってどういうことだろう。
「この近辺で、物取りなどが横行しているようで。危険で通えないとおびえるものですから……」
家令の言葉は歯切れこそ悪かったが、嘘をついているようには見えなかった。それにカティも、さっき襲われたばかりだ。
「それは怖いわ……。こちらからは誰も使いに出せないのは困るのだけど。どうにかできるのかしら?」
「警護をする者も連れて参りました。この別邸の目の前に部屋を借り、そこを拠点にして、別邸の外を守らせますので」
「わかったわ」
うなずくと、家令は退室する。
「そんなにも治安が悪化しているのかしら……」
ちょっと困るわね。
でも食事などの心配はせずに済みそうだし、掃除や料理について、カティから簡単に教わることもできた。
「それに私にとっても、有利なことがある」
警護は外側しかいないわけで。
私がカティからまたお仕着せを借りて外出したら、まず私だとはバレないはず。外出し放題では?
(カティを助けられたのだから、あの方法で私は安全を確保できるのだし)
それに外出したい理由がある。
ラース様達と連絡をとるのに、この家へ度々訪問されるのは、困る事態になったのだ。
(住み込みの人間を使うなら、同じ王都の中だからと、家令や家政長が短い間隔で監督に来るかもしれない。その時にアシェル様の身元について報告されては、ちょっと面倒だわ)
通いの人間ならば、逆に決められた仕事だけをして家に帰ってしまう。だから今まで通りなら、彼らがいない夜にでも訪ねてもらえばよかったけれど、住み込みの者ではそうはいかない。
そのこともあるから、私はラース様に自分で連絡をとりに行こうと思う。