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平民修業でもしましょう

 その晩はもう一欠片、花菓子を食べて眠った。

 ほんの少し、最後に見た夢に関連することがわかったらいい、と思って。


 なのに珍しく夢は見なかった。

 ただ眠っている間もずっと、不安な気持ちにさいなまれるようなおかしな感覚が続いたのだけど。


「悪夢を、見過ぎたのかしら……」


 直近の夢は悪夢ではなかったのだけど、と思いつつ、私は起き上がる。

 夜が明けて、カーテンの隙間から入る光は明るい。

 そう思って窓辺に行きカーテンを引いてみたけれど、ガラスの向こうに見えるのは、黒っぽい屋根の近隣の家々と、曇り空。


「雨が降るかもしれないわね」


 雲の黒さからそう感じる。

 そういえばカティは大丈夫かしら……と私は心配した。

 なにせこれぐらいの時間なら、カティがいてもいいはずなのに姿がない。顔を洗う水だけは用意されている。


 私は洗顔と、一人で切れるえんじ色のドレスを選んで簡単に身支度を整え、階下に降りる。

 案の定、台所でだけ物音が聞こえるので向かうと、カティは再びスープを作っていた。


「何か手伝いましょうか?」


「えっ!?」


 人がいないと思っていたらしいカティは、驚いて振り向き、目を丸くした。


「すみませんお嬢様! 今日も料理人がいないみたいで……」


「カティのスープは美味しいから嬉しいわ。パンも問題なくあるみたいだし、料理については気にしなくても大丈夫よ。食材も……あるわねちゃんと」


 台所の奥を覗けば、大きなカゴの中にニンジンやジャガイモが山になって入っていた。


「今朝届きまして……。食材は問題がないのですが、料理人は今日は来るはずですのに、全く姿が見えないんです」


 さすがに料理人の不在が続き、カティは少々不満顔だ。

 私も少し考えてしまう。

 飢えさせる気はないけど、令嬢扱いをする気はなくて……本当は料理人を手配していない、ということかしら? まさかね? だったらカティをつけるわけもないし。


 私とカティは、質素ながらも気楽な食事を始めた。

 カティの味付けは素朴だけど、とても口に合う。なんだかほっとする味よね。


「他の使用人は?」


 姿を見かけないなと気になっていたので、カティに尋ねた。するとカティの表情がどーんと暗くなる。


「通いの召使いも、三人ともが来ないのです……。なので、その」


「荷物の片づけは終わったのよね? 問題は掃除かしら?」


「……はい」


 たぶん洗濯も手が足りていないだろう。

 そして召使いが三人とも来ないということは、家令が指示してこの家で働くのはカティだけでよいと判断してしまったのか、給金をケチっていなくなってしまったのか……。


「とりあえず、本邸に手紙を出しに行ってちょうだい」


 まずは状況を伝えて、どうするつもりなのかを確認しないと、ただ待ち続けることになってしまう。

 うなずくカティに、私はさらに言った。


「あと洗濯は手が荒れるから無理だけれど、ほうきを使うぐらいならできると思うわ。後で教えてちょうだい」


「お、お嬢様にそんなことさせられませんよ!」


 カティは驚いて立ち上がる。

 でも私は思うのだ。

 もし、父が呪われた私をこのまま放置するつもりで、使用人への給金さえ支払うのを嫌がったのだとしたら。


 ――その方が、父の計画や行動に巻き込まれないし、問題が起きる前に逃げやすいのでいいのだけど。


 遅かれ早かれ、カティだけでは維持に手が回らない。それは召使い達の仕事を見ていただけの私でもわかる。


 そしてもう一つ、目的がある。

 もし平民になって逃げる必要があった場合、平民らしく生活できるようにしておかなければ、後で自分が苦労する。

 だから早々に、平民として暮らせる技術を獲得しておきたいのだ。


「手が足りないのはすぐ解決しないでしょう? その間、ずっと何もかも放置するわけにはいかないでしょうし。だから召使いが来るまで、私が掃除したって誰にも迷惑がかからないし、カティが全部やっていたのだと自慢しておけばいいのよ」


 ね? と念を押すと、カティは苦悩する表情になった。

 やがてうなずいてくれたので、私は食後に、さっそくほうきでの掃除の仕方を教わったのだった。


 そしてカティは早々に家を出た。

 誰もいない家に私を一人で置いて行くのは気が引けたようだが、本邸に連絡をしないわけにもいかない。

 だから「大丈夫よ」と笑う私に背を押されると、早足で道を歩き出す。


「問題ないわ。だってブロックスキルがあるもの。……私から50歩以内に誰も入れないように」


 つぶやいてスキルを発動させて、カティに教わった通りに掃除をはじめる。

 小さな玄関ホールを端から掃き、廊下を掃除し終わったところで、外から人の悲鳴が聞こえて来た。


「何!?」


 カティの声だ。

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