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これは普通の夢?

 次に気づくと、私は真っ暗な闇の中を歩いていた。

 月明かりもなく、道も見えない。

 それでも安心して進めるのは、両手をそれぞれ別の人物が握っているからだ。


「そろそろいいでしょう」


 その言葉とともに、右手側がふわっと明るくなる。

 白く淡く輝く花を手にしたラース様がいた。

 彼は私に微笑んでいる。


「もう大丈夫でしょう。追手はいませんよね? アシェル」


「ああ」


 応じる声は左からだ。

 その人物も見える。

 革手袋に包まれた手を握っていた相手、それはアシェル様だ。

 彼は真剣なまなざしで私を見て言う。


「まだ歩けるか?」


 言われてみれば、疲れ切って、泥の中を進んでいるみたいに足が重かった。

 でも夢の中の私は、二人にそんなことを知られたくないようだった。

 心の中に浮かぶのは、二人だってずっと走って来たこと。しかも私を庇い、戦いながらだ。


 それなのに自分が負担をかけたくはない。だから「歩けます」と答えたのだけど。

 ラース様が「さぁこれを持って」と私に花を渡してくる。

 素直に受け取った直後、すくい上げられるように私はラース様に抱え上げられている。


「歩けます! 申し訳ないので降ろしてくださいませラース様」


「騒がないで。君の声で、追っ手が気づいては困るからね」


 言われて口をつぐんだ私を、ラース様はそのまま運ぶ。

 その横を、警戒しながらアシェル様が移動した。

 やがて私達は、道の先に花よりも明るい光を見つけ――。


   ※※※


「…………」


 今日は普通に目を覚ました。

 しかし外は暗い。


 というか部屋の中が暗い。

 でも燭台に明かりがともされているので、一度カティが様子を見に来て、灯りだけはつけて行ったのだろう。

 そして誰も側についていないということは、今は眠ったその日の夜だということだ。


 むくりと起き上がった私は、部屋に用意されていた水を一杯飲んだ。

 それから今見た夢を、さっそくノートに書きこむ。

 なかなか忘れはしないと思うが、細部は時間が経つごとに記憶から欠落していくかもしれないからだ。


「最初の夢は……続きのような感じだったわ」


 牢に入れられている自分が、思い出したようにそこから引き出されて見たのが……主犯であるはずの父が、別の名前で堂々と生きていること。


 同時に感じていた。

 あの赤い瞳の人物は、父が他国の要人となったせいで手出しできない分だけ、八つ当たりのように自分を絶望させ、痛めつけたいと思っていたことを。


 私は思い出し、ぎゅっと目を閉じる。

 あまり楽しい夢ではない。

 悪夢を見続けて少し麻痺してしまったのか、それほどショックは受けていないけれど。


「問題は、父がどこの国の人間になったのか、肝心な部分が聞き取れなかったことよね」


 服装自体は、それほど変わった物ではなかった。この国とそう文化が変わらない国だということだ。

 あとは遠目だったせいか、差異がよくわからなかった。


「……次の夢のことを考えましょう。あれは、もしかして『今』のその後の夢かしら?」


 ラース様も、アシェル様もいた。

 今までの悪夢では影も形もなかったのに。

 二人ともどこからか一緒に私と逃げてくれていて、足の状態まで気遣ってくれて……。


 抱き上げられるシーンを思い出して、私はちょっとうろたえる。

 私の多くの人に嫌われ続ける人生で、抱き上げて運んでもらえる機会など、幼い頃しかなかったのだ。


「と……とにかく、悪夢ではなかったわ」


 これなら、ラース様達にお話ししてもいい。特に隠す必要もないし、ただ三人で逃れていただけという状況だったから。


「私、何から逃げていたのかしら……」


 何か目的があったような気がする。

 それを悟られないように行動していて、だけど気づかれたらしく、目的地まで急ぎ移動していた……ような……。


「おぼろげすぎるわね」


 何とメモしていいのかわからず、その通りに書いておいた。思い出せたときに訂正しよう。

 お腹が空いたので、部屋に置いた時計を確認する。


 夜の七時。

 もう夕食だと声がかかってもいい頃だ。しかし誰も呼びに来ない。

 不思議に思った私は、寝間着の上にガウンを羽織り、カティを探しに行った。


 忙しそうにしている時に呼び出すのは可哀想なので、ちょっと台所の様子を見に行くだけのつもりだったのだが。

 そこで見たのは、料理をしているカティの姿だった。


「カティ?」


「あ、申し訳ございません。代わりの料理人が、今日は都合がつかずに来られないようで、一応スープをお作りしていたのですが……」


 あまりにおしゃべりで内情を聞き出そうとする使用人のことを報告したら、家令がすっぱりとクビにしてしまい、すぐ代わりの料理人を手配したそうだ。

 けれどその新しい料理人の都合がつかず、今日の夕食だけはカティがどうにかしなければならなかったそうな。


 朝まで眠っていた方が、カティにとっては良かったのかも……。

 そう思うも、起きてしまったし、こうして事情を知ってしまったので後の祭りである。


「それでいいわ。パンはあるのでしょう?」


「はい。こちらは本邸から毎日届けられますので」


 カティはパンが入ったバスケットを見せてくれる。二人では食べ切れないほどの量があったので、本邸が私を飢えさせようとしているわけではないのがわかる。


(不思議よね。私を生かしておくつもりも、養育するつもりもあるのに、私だけが捕まって罪人として牢獄へいれられた……。だけど父は侵略の手引きをしておきながら一人逃れ、他国の要人として悠々と生きていた)


 どうして。

 私を助けようとしたけど間に合わなかった? ミシェリア達が私を捕える方が早くて……とか。


(いいえ)


 自分の想像を自分で否定する。

 もう一度考えたことで、なんとなく想像がついた。


(きっと私を、囮にしたのね)


 そのための隣国への留学。そして犯人として私を捕まえさせて、時間を稼いだうえで父は……。

 そんな想像をした私は、カティに見られないように苦い笑みを浮かべたのだった。

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