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悪夢を見ましょうもう一度

 来客が去ると、とたんにやることがなくなる。

 そもそも貴族令嬢の毎日は、朝昼晩の着替えに、刺繍や音楽の練習をし、人に手紙を書いて本でも読んだら就寝時間になる。


 着替えと身支度に時間がかかりすぎるから、これで一日が終わってしまうのだ。

 そして今日は、まだ引っ越し荷物の片づけが終わっていないと聞き、着替えはせずに夕暮れまで過ごすことにしていたのだ。


 必然的に、時間が余った。

 同時に一日中眠っていたため、体がだるいので家の中を歩き回ったり、庭に出る気にもなれない。

 そう思って刺繍を始めたものの……。


「肩がこるわね」


 私は刺繍が好きなわけではない。早々に肩や腕が重だるくなったので、私は刺繍の道具を放り出した。

 すると、なんだかすっきりする。


「そうね。自由にしていいんだもの」


 令嬢らしいことから外れる心配をしなくてもいい。どうせ結婚しないのだもの。刺繍だって、嫁ぐために貴族女性が身に着けるべき物だから……という理由で、練習させられていただけだ。


 空いた時間で、私は今回の異変について考えた。

 紙にメモをとりながら。


「まず、私が悪夢を見始めた頃には、ラース様達は夢を見ていなかった」


 私の悪夢を見た日からのことを時系列に並べてみる。


「スキルが発生したのは翌日」


 そしてラース様達と話すようになり、その後も私は悪夢を見たけど、特に変化はなし。


「私がこの別邸に追い出されて……。その日から?」


 ラース様達がおかしな夢を見たのは、この時だ。


「内容は二つ。父が侵略に手を貸す夢と、そうではない夢」


 メモをして、私はつぶやく。


「私が……行動をしたことで、何かが変わった?」


 未来が変わったのなら……。と希望を見出しそうになったけど、私は自分を戒める。


「いいえ。そうとは限らない。ただ戦争のことを夢に見なかっただけよ。それに私が、そのままの夢を見ないとも限らないわ」


 結論として、今回のことを検証するためには、私が夢を見る必要がある。

 私はさっそく実行することにした。

 まずはカティを呼び出す。


「忙しいところを呼びつけてごめんなさいね。まだ体がだるいから、昼食後に昼寝をするつもりなの。もし明日の朝になっても目覚めなかったら、これを一枚分だけ食べさせて」


 私は先ほどアシェル様からいただいた花菓子が入った箱を、枕元の棚に置く。


「かしこまりました。けれど、その……菓子で目覚めなかった場合はどうしましょう」


 カティが不安に思うのも無理はない。本邸に医師を呼んでくれるよう要請しても、なしのつぶてだったそうだから。


(……眠ったまま衰弱死してしまえば、逆に娘の呪いの件も片付く……とおもわれたのかしらね。場合によっては政敵の誰かを、呪った張本人として引きずり落とす材料にするつもりだったのかもしれない)


 そんな暗い想像をしつつ、私はカティの前でさっと手紙を一通したため、彼女に渡した。


「これを、スヴァルド公爵ラース様にお渡しして。きっとなんとかしてくださるわ。先ほどいらした騎士様は、ラース様の護衛の方だったのよ」


「左様でございますか。承知いたしました」


 カティは手紙を抱きしめるように持ち、うなずいてくれた。

 さて、悪夢を見るとしよう。


 私は叔父様から贈られた花菓子を入れた箱を取り出す。

 黒と青の美しい夜空を切り取ったような花菓子は、まだ半分以上ある。私はふと思い立って、二つの花弁を食べることにした。


「昼と。もし普通に目が覚めたなら、夕食後にもう一度夢を見てみましょう」


 そうして私は、花菓子を口にして、寝台に横になった。


 ※※※


「よく見るがいい」


 そうささやくのは、どこかで見た事がある人。砂色の髪はかさついた夏の日差しを思わせ、赤い瞳を向けられると、射すくめられたように動けなくなる。


「あれがお前の父が選んだ道」


 そう言って指示されたのは、堂々と城の中を歩く人物。

 私よりも明るい色の茶の髪は短くなり、口ひげは無くなっている。さらに衣服が、見知らぬ異国のものになっているものの、間違えるはずがない。


 あれは私の父。エルヴァスティ伯爵。

 侵略を手引きした張本人だというのに、今こうして、鎖につながれて犬のように拘束されている自分とは違う。

 憎々し気に見つめる貴族達を前に、堂々と異国の王子を先導するように歩いていた。


「――国の将軍だそうですよ。別の名前を名乗り、他国の王子が身元を保証する以上、我々では手が出せない。娘を捨てて、自分は逃れるとは……」


 赤い瞳の青年は、喉の奥で笑う。


「さすがは親子。汚いところはどこまでも似ているな」


「私は、父とは違う!」


 かすれ声で叫ぶ私を、青年はおかしそうに見下ろす。


「邪魔になれば捨てる……お前も同じことをしただろう、ミシェリアに」


「あれは……っ」


 その時心によぎったのは、『平民の召使いが私をののしったのだから、罰を与えてもかまわないだろう』という言葉。

 でも口にする前に、青年が宣言した。


「だが、お前は捨てられて終わりではない。なぁ?」


 赤い瞳の青年が振り返った廊下の先。そこには肩までの銀の髪を揺らした人物がいて――。

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