アシェル様の追及
「ただし」
アシェル様が続けた。
「他の者は、違う夢を見た」
「違う……夢を?」
うなずく彼を見つめつつ、私は続きを待つ。
「その人物は、この国が変わらずにある状態だったと言った。そしてラースと同じく新種の聖花について研究している夢だった。君は……どんな悪夢を見た?」
問いかけに、私は黙り込む。
(慎重に考えなくては)
私はすぐに返答せずに検討する。
これがもし、ラース様達の言うように未来のことを夢見たというのなら、二つの未来があるということ?
何かの選択肢を選んだ結果、どちらかになるという感じの……。
そして私としては、もう一つ悪夢が未来の光景だという証拠を得たのだ。
(詳細な夢というのは、魔力が関係することも多い。だから未来の光景を見たのかsもしれない、というラース様達のお考え通りだとしたら、ますます私が投獄される未来は確定的……ということになる)
やはり、父からさらに遠ざかったことは悪いことではなかったのだ。
(あと、アシェル様は夢についての検討材料として、答え合わせがしたいのかもしれない)
そのために、わざわざ登校しなかったので、私を探しに来たのでは。
おかげで長い眠りから目覚められたのだけど……。
(正直に言うべきか、否か)
すべてをさらけ出して、助けてほしいと思う。
今すぐに、彼らを頼りたい。だけど懸案はラース様の夢だ。
……彼は、私の父を疑うだろう。国家への反逆者として。
その娘の私も、何らかの形で関わっていると疑うのでは? そんな疑いを持つ相手の話を、ラース様は公平に聞いてくださるかしら?
(お菓子のことが関わるとはいえ、政治向きの話ならば別、として考えるはず。結果、救国の乙女になったミシェリアが私を何かの犯人としてでっちあげたら、私を庇ってはくれないだろう。信用しすぎてはいけない)
とはいえ、どう言えばいいのか。
悩む私に、アシェル様がぽつりとつぶやくように言った。
「君は……何を心配している?」
「え?」
アシェル様が紫の瞳を細めて私を見つめる。
「ずっと気になっていた……」
「え?」
「君のその行動を」
「行動ですか?」
一瞬『気になっていた』と言われて少し驚いたけれど、行動がってどういうことかしら?
「どうしてそこまで怯えている? 以前はそうではなかったはずだ。ただ、全てを敵視していただけで」
私は心に針を刺されたように感じた。
怯え。
それはいつも私の心の中にある。あの悪夢を見始めてからずっと。
けれどこれは隠したい物事に関する感情だ。知られてはならない。だからこそアシェル様への警戒心が湧き上がってしまう。
「怯えなど。それよりも私のお話も当然、夢物語だと笑ったりなさらない、と思ってくださるのでしょうね? アシェル様」
警戒心が小さな反発に変わる。
やや喧嘩腰になってしまった私の言葉に、アシェル様はそれ以上は追求しようとはしなかった。
「もちろんだ。魔力が関わることで、未来視をする例は少ないと聞く。だからこそ君の話も確認したかった」
「そうですね。一つの判断材料としてお求めなのはわかりました。それに……私を目覚めさせるために花菓子までいただいてしまいましたし。お話しいたします」
すでにアシェル様達には借りがある。
眠ったまま目覚めなければ、人はほんの数日で死んでしまうのだから。
――一瞬、それも悪くないと思ってしまったけれど。
そうして私は、自分の悪夢を改変して伝えた。
「私が見る夢は、戦場で死にゆく人の夢です」
「戦争か……」
アシェル様はつぶやいて、考え込むように目を閉じる。
「これが未来のことを夢見ているのなら……何かしら、戦争のようなことが起こるのでしょうか?」
「可能性は無くはないな。だとすると……ラースの夢に近いようだが」
「そうかもしれませんね」
私は他人事のように思いながら、やや顔を伏せて応じた。
だって私が口にした夢の内容は嘘。戦場のことなど見ていないのだから。
「……恐ろしかっただろう」
「…………?」
何が、と言いかけて口をつぐむ。
「戦場の様子など、貴族女性には一生縁がないことが多いものだ。国が攻め滅ぼされるのでなければな。剣を持ったこともない女性が、血で血を洗う状況などを見れば、悪夢に違いない」
アシェル様は……悪夢を見た私を気遣ってくださったのだ。
そう理解したとたん、何かがじわりと心の奥で溶けるような感覚に戸惑う。
なんだろうこれは。
よくわからないながらも、私は礼を言った。
「お気遣いありがとうございます。でも、現実には起こっていないことなら、大丈夫ですから」
同時に思うのは、アシェル様は戦場をご存知なのだろうか……ということだ。
見てきたような言い方だったが、この国は紛争こそ経験していても、長らく戦争は起きていないのに。どこでそんな経験をしたのだろうか。