アシェル様のご用事は
「まずは、花菓子をいただいたこと、感謝申し上げます。ありがとうございました。おかげで私が目覚めたと、使用人に聞きました」
「役に立ってよかった」
アシェル様はうなずく。
「でもどうして、私の元へいらしたのですか? それに私、自分の所在が移ったことをお知らせしていませんでしたのに、よくこちらだとおわかりになりましたね」
自分が眠り続けた一件は気になるが、まずはこの疑問を解消しよう。
そう思って問いかけると、アシェル様はなんでもないことのように答えた。
「リネア嬢、同じ聖花を使った花菓子を食べた者に、異変が起きた」
「…………!」
異変が!? ということは。
「どなたか、悪夢を見るようになってしまわれたのですか?」
尋ねると、アシェル様は探るような視線をこちらに向けてくる。
「悪夢……と言えるかどうかはわからない。それよりも君の夢は、本当に悪夢なのか? 俺はそれを確認するために……そしてもし悪夢の内容によっては、その夢を消さなければならないからと、ラースからこの菓子を預かって来た」
そうして彼が上着のポケットから出した木箱。
アシェルが蓋を開くと、中に入っていた花菓子が見えた。
きらきらと砂糖の粉が輝く、金色をした砂糖菓子の花。
五枚の花弁は一枚一枚がひらひらとひだを作っていて、ケシの花のようにふんわりとした曲線を形作っていた。
なんて美味しそう……。そして今朝感じた甘さを思い出し、唾がにじんでくるのを感じつつ、私は花菓子から視線をアシェル様に戻した。
「この花菓子を食べると、夢から覚めるということですか?」
「いや、その前に食べた物が闇属性の菓子だった場合、効果を消す」
「効果を消す……」
「君に渡そうと思って、君の居場所を探したんだ。しかし見つけた君は、悪夢に悩まされて眠り続けていたようだ。なんにせよ、この菓子が役に立ったようで良かった」
アシェル様の言葉に、私は内心で首をひねる。
一昨日前に眠った時、私は花菓子を食べていなかった。
(でも眠り続けて……アシェル様が持って来た花菓子で目覚めたのなら、やっぱり菓子に混ざった聖花の影響……ということかしら)
少し背筋が寒くなる。
持っている花菓子を食べ続けていると、眠ったままになってしまうのだろうか。
「まずはこれを君に渡す。明日、明後日と様子を見て問題なければいいが、必要なら使ってくれ」
「わかりました。有難く頂戴いたします」
私は素直に受け取った。
さすがに眠ったままになるのはマズイと思うから。
「それで、他の方はどんな夢をご覧になったのですか? 何か恐ろしいものを見て、うなされてしまったのでしょうか?」
私がそう聞くと、アシェル様は言い難そうに答える。
「これを聞いて、俺を頭がおかしいと思わないでもらいたい……いや、ラースもだな。彼はただ、聖花について研究したいだけなんだ。その過程では、少々おかしなことが起こるだけで……」
迂遠な言い回しに、「はぁ」と私は相づちを打つ。
そうして次の言葉を待っていると、アシェル様が心底嫌そうな表情になった。
「実は……同じ聖花を使った菓子を食べた三人……一人はラース様ですが。どうも未来に起こり得る光景としか思えないものを見たらしく」
「みらい……を」
私はぐっと喉元まで出かけた言葉を飲み込んだ。
さもなくば「他の方も未来を見たんですか!? やっぱり私が見ていた夢も、未来の予言みたいなものだったんですね!」と言いそうになったからだ。
そうして私はアシェル様の言葉を理解した。
(……たしかに、未来を見ただなんて他人には言い難いわ!)
たいてい、その言葉を口にする人物というのは、うさんくさい占い師か、新興宗教の開祖とかいう人物だ。
彼らが欲するのは、基本的にはお金である。
もしくは……本当に、何かおかしな魔力の影響を受けて、現実にはありえないことを口走るようになった人か……。
どれにしても、怪しい人物には変わりない。
そういった類と同じだと思われたくなくて、アシェル様は前置きをしたのだろうし、私もすぐに同意するのをためらった。
(私も頭がおかしくなった人間の仲間です! と叫ぶ勇気はないわ……。だって、色々気が変わって、私のことをバカにするために『未来が見えた』という話を始めたのかもしれないし……)
その可能性はとても低いとわかっているし、高価な花菓子を使ってまで、アシェル様がそんなことをするわけがないと思っている。
でも今まで周囲の人間にありとあらゆる嘲りを受け続けてきた私としては、すぐに信じるのは難しいのだ。
せめて、本当に未来を夢に見たのか、確かめなければ。
じっと私の反応を待つアシェル様に、私は言う。
「それが未来のことだと……どうやって確認されたのですか?」
「まず、夢で見たことが起こり得る未来だったこと、そしてやたらと詳細な夢というのは、魔力が関係することも多いので、ラース達は魔力の影響で見たものだと断じたのだが」
「のだが?」
促す私に、アシェル様がちょっとうつむく。
「ラースが見たのは、悪夢ではなかった。そして新種の聖花を研究する夢だったんだが……。その夢の中では、この国が他国に侵略されかけたことがあり、なおかつ君の父親が他国を手引きしたことも詳細に覚えていた」
ラース様が……見た夢って、それはまさか。私と同じ時間軸の出来事!?
再び叫びそうになった私だったが、今度も寸前で言葉を飲み込めたけど。
だんだん胃が重くなってきたわ……。