予想外はふいにやってくる
悪夢は見なかった。
そういえば久々にお菓子を食べずに眠ったのか。
なのに、口の中に甘い味が残っているような気がする。
幸せな気持ちになれる甘い感覚を口の中でおいかけつつ、目を開く。
すると近くに控えていたらしいカティが、目を見開いて駆け寄って来た。
「お嬢様! お嬢様大丈夫ですか!?」
「……え?」
眠っている間に一体何があったの?
わけがわからない私の前で、カティが涙目で訴えた。
「お嬢様は、昨日一日お目覚めにならなかったのです! 本邸に医師を呼ぶようにお願いしても来てくれないし、お嬢様は一切呼びかけにも応じなくて! もうどうしようかと……。でも良かった。お加減はいかがですか? 喉は乾いておりませんか?」
かいがいしく世話をやきはじめるカティの言葉を聞き、うながされるままうなずきつつ、私はショックを受けていた。
え……、なぜ一日眠ったままだったの私?
「うそでしょう?」
「私はお嬢様にうそなどつきません」
「そうね……カティがうそをつくわけないわね」
冗談を言うような人でもないし。
とにかく喉が渇いているのは確かなので、カティから受け取った水を飲む。
一口飲んだら、尋常じゃないほど喉が渇いていることに気づいた。もう一杯もらえるように頼んだ私は、二杯目を飲み干したところでカティに切り出された。
「それで、お嬢様が目を覚まさないまま一日が経ちまして。ここはもう、私がこの近くに住む医師を探して苦しかないと思い、通いの召使いが来るのを待っていたのですけれど……」
「何か問題が発生したの?」
「その前に、訪ねてくださった方がおられまして」
カティの言葉遣いが少し変化する。
まるで貴族が訪ねてきたような言い方に。
しかし父ならば、わざわざ名前を伏せる必要もない。叔父であってもそうだろう。
「どなた?」
「その……騎士様が」
「きし?」
騎士。騎士で私を訪ねて来るような知り合いはいな……いや、待って私。知り合いなら一人いるわ。
「まさかアシェル様?」
名前を口にすると、とたんにカティの表情がゆるむ。本当に私の知り合いか確認がとれて、ほっとしたのだろう。
「はい、その方です。お嬢様がこちらにお移りになった様子をたまたま見ていらしたようで」
「それで、アシェル様はどんなご用事で……というか、今もまだいらっしゃるの?」
「はい。お嬢様を、目覚めさせてくださるお菓子をお持ちくださいまして。きちんと効果があるのか知りたいとおっしゃるので、応接間でお待ちいただいております」
「目覚めさせるお菓子?」
「聖花の花菓子をお持ちになっていらっしゃいました」
「花菓子を……」
あ、だから起きる時になんだか口の中が甘かったのね?
ということは、花菓子のおかげで私は目を覚ました?
そもそもどうして、アシェル様がこの家を訪ねていらしたのかしら……。
(場所も教えていないのに)
不思議だったが、連絡をしようと思っていたので渡りに船ではある。それにわざわざ私を訪ねて来るのだから、花菓子について何か問題がわかったのかもしれない。
(でなければ、花菓子を持って来たり、引っ越した私を探しに来たりはしないわよね?)
とにかく会おう。
私はカティに手伝ってもらって、急いで身支度をととのえた。
しかし一日中眠っていたというのは本当らしく、いつもと違って体が重い。自分でも動作がゆっくりになってしまうのがわかる。
「本当に大丈夫ですか?」
カティがそう聞いてくれるけれど、目覚めたのだからアシェル様のお話を聞かなければ。
「問題ないわ。行きましょう」
応接間へ入ると、アシェルが立ち上がって迎えてくれた。
「邪魔をしている。体調はどうだ、エルヴァスティ伯爵令嬢」
その挨拶に、思えばアシェル様には名前を呼んでくださいと言い忘れたなと思い出す。
「おかげさまで目を覚ますことができましたわ。ありがとうございます。あと、私のことはリネアとお呼びくださいませ」
「そうか、わかった」
うなずいたアシェルは、私に勧められて再度着席し、私はその向かい側のソファに腰かけた。
すぐにカティが二人分のお茶を用意してくれて、そのまま部屋に控えてくれたけれど。
「ごめんなさいカティ。二人きりにしてくれるかしら?」
この先の話は、まだカティにも聞かれたくない。けれどカティは戸惑ったようだ。
「あの、学院ではない場所で、お嬢様を男性と二人きりにするのは……」
「大丈夫よ。どちらにせよ私が嫁げる可能性などないのだから、気にしないで」
私の返事にカティはなおも困惑したようだが、結局は従ってくれた。
そうして私は、アシェル様に向き直る。