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私の引っ越し先は……

 その日は、荷物をまとめてしまうと何もすることがなくなった。


 まったくないわけではないのだけど、代わる代わる召使い達が私の監視にやって来るので、今までのことを要点整理するために書き物をする気にもなれない。

 うっかり見られてしまって、父にあれこれバレてはたまらないもの。


 だからまず、部屋の中で適当な曲を弾いてみた。

 一応、バイオリンの練習をするという体で庭まで出たのに、何もしないのも……と思ったもので。

 不安と緊張もあいまって、選択したのが別れの曲。


 ああ早く父と、この家とお別れしたい。

 そんな願望から、つい演奏に熱が入ってしまった。


 聞いていた召使いの一人は意味が分からなかったようだが、様子を見に来た家政長の表情がこわばっていた。

 でもいいわ。この家政長ともどういう形であれもう会わない可能性が高いのですもの。


 しかし曲を弾き続けるのも指が痛くなる。

 演奏家のように毎日練習しているわけではないから、指に食い込む弦で指先が赤くなってしまったわ。


 そこでもう一度物語を読むのなら問題ないだろうと、例の私にとっては預言書のような本を開いた。

 そうしていると夕食時になり、食べた後に監視役にやってきたのはカティだった。


「お嬢様、大丈夫ですか?」


 優しい彼女はそう気遣ってくれる。

 なんだかほろりと来てしまいそうだわ。私の今までの善行の分、神様が一人くらいは優しい人間を側に置こうと、カティを遣わせてくれたのだとしたら……神様を信じてもいいわ。


「問題ないわ。この家を出て行くのは嫌じゃないの。もし穏やかに過ごせるなら、その方が嬉しいぐらい」


 だからつい、本心をぽろりともらしてしまったのだと思う。


「お嬢様……」


「だから気にしないでカティ。私、嬉しいのよ」


 微笑んだ後、カティが泣きそうになっていたけれど……。その時はよくわからなかったけれど、後で考えて気づいた。


「まるで、悲劇の中でもけなげに耐えるヒロインみたいだったわね」


 自嘲の笑みが浮かんでしまう。

 まったくもって自分には似合わない。そう思うが、カティはそのように受け取ったのだろう。

 少し申し訳なかった。



 翌朝。

 朝食後に家令がやってきた。

 当日も食事をさせたのだから、そこまでひどい場所へ移されないだろうと私は思いつつも、家令の言葉を待つ。

 家令は無表情のまま、私に告げた。


「別邸の準備が整いましたので、外出のご準備をお願いいたします」


「どこの別邸に決まったの?」


「荷物用の馬車も用意しておりますので、お部屋に忘れ物などないように」


 あいかわらず家令は質問に答えないまま、退出してしまう。

 ため息をつき、その場にいたカティを含めた召使い三人に依頼する。


「着替えをお願いするわ」


 荷物は昨日のうちにまとめさせていたものを、持って行かせればいい。

 別邸と言っても、遠くにある領地にも王都にもいくつもあるのだ。一体どこへ向かうつもりなのかわからないが、とりあえず外出用のドレスと靴に替えた。


 そうして用意されていた馬車に乗り込む。

 ついて行くのはカティと家政長だ。家政長は荷物用の馬車に乗ったが、カティは私の馬車に付き添いとして同乗した。


 そのカティが青い顔をしていたので、もしかしてと思って、動き始めた馬車の中で尋ねた。


「まさかカティ……あなた、私について別邸へ異動することになったの?」


「はい……そのようです。今朝急に命じられまして……」


 呪われた令嬢と一緒に、本邸から移動させられるとなれば……その後のことも不安になるだろう。


「悪かったわカティ。私付きの召使いだったばかりに……」


 巻き込んでしまったのは私だ。

 単身、領地の別邸かどこかに押し込まれると思っていたが、召使いも同行することになるとは思わなかった。

 謝る私に、カティはなんとか笑みを浮かべて首を横に振った。


「お嬢様が気にされることはありません。家政長は移動先にはついてこないようですし。それなら私は、怒られることがなくなって、気楽になれますから」


「カティ……。もし、万が一のことがあったら、他の家に紹介状を書くわ。叔父様に頼めば、なんとかしてくれるでしょうから」


 優しい叔父様のことだ。自分のところで雇えなくても、他で雇ってもらえるよう手配してくれるに違いない。


「ありがとうございます、お嬢様」


 カティも今後のことが心配だったのだろう。頬のこわばりがゆるんだ気がした。


「……ということは、カティはどの別邸へ行くのか知っているの?」


 カティはうなずく。


「はい。王都の西側にある別邸とお聞きしました」


「ああ、なるほど……」


 たしかに王都の西側にも、小さな別邸はある。

 貴族の館というには、少々こじんまりとしている家だけど、小さいながらも庭があって、二階建ての煉瓦の家が建っている。


 一度ちらっと見ただけで、私は入ったことがない。

 過去、父が愛人を一時的に住まわせていると噂になった場所でもあるが。


(近くはあまり裕福ではない民の家が多い場所だったわね。多少治安が不安な場所だけれど、貴族の家が立ち並ぶ場所の中ではない方がいいかもしれない)


 それに呪われた娘を一時的に遠ざけるには、ちょうど良い場所のようにも思えた。

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