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仕方ないので実行しましょう

ちょっと修正を加えております。

「やっぱり正夢なんだわ!」


 なんとか叫ばずに部屋へ戻った私は、寝台に突っ伏すなり叫んだ。

 しかし寝具に顔を押し付けて叫んだので、周囲にはごもごもとわけのわからない言葉を叫んでいるようにしか見えないだろう。

 部屋の近くを通りがかる召使いがいても、言葉の内容が漏れ聞こえる心配はない。


 叫んで少し落ち着き、がばっと起き上がる。


「そうだ。問題があるわ」


 悪夢が未来のことだとしても、まだ猶予があると思っていた。


「もうすぐ、事態が動く?」


 そうなったら、隣国に連れて行かれてしまうかもしれない。


「ブロックスキルがあるとはいえ、逃げたところでどうしたら……ん? スキル?」


 ふっと私は頭に浮かんだ案を検討する。

 社会的にちょっと死にそう……。それが怖いけれど。


「死ぬよりマシよね?」


 自分の立場が、生活する上ではとても恵まれていることを知っている。

 庶民が、それほど気楽な生活を送ることができないことも、召使い達を見ていればわかる。

 朝から寝る前までずっと、暇の一つもみつからない生活を送っているカティ達。それでも他よりは給金が良いからと、辞める気配はない。


 もっとひどい仕事環境の館もあると噂話で耳にした。

 場合によっては捨てられて、平民として生きていかなくてはならなくなる。

 令嬢として育てられた自分がそれに耐えられるかどうか……。


「でもこのままじゃ、死んでしまうわ」


 目を閉じて自分の気持ちを天秤にかけ……。

 私は決めた。



 ……その日、私は昼寝をすることをあきらめて行動した。

 まずは来客が来ているうちにと、庭に出る。

 こっそりと。

 そして高らかな音で持ち出したバイオリンを奏でた。


「お嬢様!」


 慌てて出てきたのは召使い達だ。


「おやめくださいませ。旦那様がご在室ですので、せめて音楽室で……!」


「お隣にも響きますので!」


 なんとか説得しようとする声を、私はブロックした。

 無音になったところで、気分良くさらに続きを弾く。

 わざとやっているんですもの。お父様が騒がしいのが嫌いなのがわかっているからこそよ?


 ちなみに演奏しているのは、葬送曲だ。

 最高に縁起の悪い曲を練習している私だが、いつもと違って召使い達の話に耳を傾けることもない。


 召使い達が困り果てたところで家政長がやってきた。

 五十代の恰幅がいいものの、表情はいつも険しくて、誰かの失敗を目を皿のようにして探して歩く女性だ。


「お嬢様、旦那様の元にお客様がいらっしゃいますので、演奏はお止めくださいませ」


 私は家政長の声もブロックする。

 まぁ、とってもスッキリするわね。思った以上に私、この家政長のことが苦手だったみたい。声が聞こえないだけでとてもいい気分。


 けれど業を煮やした家政長が、私の肩を叩いた。

 さすがにそこは無視できなくなったのと、そろそろ頃合いかと思って振り向く。もちろん演奏は続けたまま。

 ついでに何を言っているのか聞こえるようにしてみた。


「演奏をおやめくださいませ! 旦那様に怒られてしまいます!」


 私がよく聞こえなかったと思ったのか、バイオリンの音よりも大きな声で怒鳴る家政長。

 私はもちろん綺麗に無視して、また声をブロック。

 そうしてわざとらしく首をかしげつつ、演奏を続けた。


 家政長が怒りの表情からけげんそうに私を見て、ちょっと顔を青ざめさせた。

 あ、今つぶやいた言葉はなんとなくわかるわ。


 まさか……って言ったのよね?


 家政長が駆けつけた家令に何かを訴え始めた。

 やがて家令が私の前にやってきて、演奏を止めるべく弦を握っていた右腕を掴んだ。しかたなく私は演奏を止めた。


「家政長の注意を無視されたのですか? お嬢様。旦那様の元にお客様がいらしているので、演奏をおやめくださいと申し上げたらしいのですが」


 困ったように微笑んで首をかしげ、「家政長はそんなことを言っていたの? 小さな声で聞こえないのかと思っていたわ」と家令に言った。

 とたん、家政長が何かを叫ぶ。

 それに対して聞こえないようにしているものだから、不思議そうに家政長の方を見ていると、


「なんてことだ……」


 家令が衝撃を受けたように頬をこわばらせた。


「まさか、お嬢様。家政長の声が聞こえない?」

「さっきは私たちの声も聞こえないようだったわ!」

「でも家令のオルデン様の言葉はわかっているようだぞ?」


 驚きざわめく従僕達。召使い達の音声ももう一度聞こえるようにしたら、似たようなことをしゃべっていた。

 家政長の言葉は、まだ聞こえないようにしておく。


 ざわついていると、使用人達の背後で動きがあった。

 脇によけていく彼らの中心に現れたのは……首元で束ねた私よりも明るい色の茶の髪に、緑の瞳、そして口ひげのある人物。

 冷たい表情をした、私の父。エルヴァスティ伯爵。


「何があった」


 短い言葉だが、思えば父の声を聞くのも久しぶりだった。

 どこかざらついた声音は、巷では『かさついた悪魔のような声』と言われているらしいが。確かに、と聞く度に内心でうなずいてしまう。


「お嬢様の耳が……特定の人物の声が、聞こえないようなのです」


「聞こえない?」


 顔をしかめる父に、家政長が慌てながら召使い達に呼びかける。

 やがて見つけたカティに詰め寄る姿からすると、カティはいつから私の耳が聞こえないのか、報告するよう求められているようだ。


「あ、朝は、いつも通りでいらっしゃいました。その。その後お昼の際は、給仕の者にお聞きいただくしか……」


 怯えつつも、カティは私に心配そうな視線を向ける。

 私はカティにこんな思いをさせてしまって、少し心が痛んだ。……でも安心してカティ。上手くいけば、私はもうすぐいなくなるのだし。


 家政長は、他の使用人を呼び出して問いただし始めた。

 そちらの声を聞く限り。


「お昼はいつも通りでした」


「普通にお声がけいただきました」


 震えながらそう答えた給仕の二人に、家政長が何かを怒鳴ったようだ。怯えて肩を跳ねさせた。

 そんな中、父が私の方に一歩踏み出して来る。


(父は、私から五歩以内の距離に近づけない)


 スキルを使った私の前で、歩み寄って来た父の足が止まる。


「……なんだこれは」


 つぶやき、父が私を睨みつけた。

 幼い頃からその目が怖かった。ののしられなくとも、十分に私のことを嫌いだとわかるその目。

 使用人も同然の認識しかないことが、はっきりと心に届くのだ。


(なのになぜ、私をどこかの養女にやらなかったのか)


 必要のない娘ならば、自分の視界に入る場所から排除したらいいのだ。なのにそうしなかったのは……なぜ?


「私の声が聞こえているのなら、答えろ」


 名前も呼ばずに、そう命じて来る。そもそもこの人は、私の名前を憶えているのだろうか?


「わ、わかりませんわ。何がなんだか……。でもお父様の声はきちんと聞こえるようです」


 私は震える演技をしながら、そんな父から視線をそらした。

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