確定材料さんいらっしゃい
「…………」
今日は叫ばずに目を覚ました。
部屋のカーテンの隙間からは、光が差し込んでいる。
「……もう朝だわ」
首をかしげて寝台から起き上がり、カーテンを開けた。
やわらかな日の光が、小さな庭と植木、お隣の館の煉瓦の塀に降り注いでいる。
深く息をついて、私は自分の頬にかかった髪をよける。
「やっぱり、繋がってる……」
以前の夢と関連する流れのものだった。
捕まった私が叫んでいた通り、隣国の将軍にミシェリアの話をする私の様子だったから。
実現するかどうかはさておき、不可解な点はある。
「将軍と会ったことなんて……ないわよね?」
そもそもこの館に来客があっても、私が会うことはめったにない。父は私を紹介することもないし、私に会いたくて来る者もいないから。
「それともこれから会う……?」
まさか、と思う。
気にはなっているけれど、夢だ。かなり近い状況の人物が出て来る物語は見つけたけれど、そっくりそのままということでもない。
「そうよ。この夢が外れたら、私は何かの拍子にあの物語のことを耳にしてしまって、それに当てはめた悪夢を見てしまった……ということにできる」
その方が自然だ。
魔術に未来を見る力があるなど、聞いたことがないのだから。
「それよりも、自分のスキルを利用して、上手く生きていくことを考えるべきよね」
悪夢に気を取られていたけれど、私の問題はそこではない。
環境の悪いこの家。
無関心すぎる父。
父の所業によって……本当に陥れたかどうかわからないけれど、周囲の人々から嫌われているという、この息もしにくい状況。
これまでは、自分にはどうすることもできないと諦めていた。
そのままの自分だったら、悪夢で見たのと同じ状況になったら、そうするだろうと思う。
「仕方ないわよね。一人で生きて行くのは、難しいもの」
一人で買い物すらしたことがない、貴族令嬢が、ぽんと家を飛び出したところで、食も得られずに身を持ち崩すのが関の山だ。
優しい人物が町をさまよっていた自分を雇ってくれるだなんて、期待をする方が間違っている。まず間違いなく何者かに捕まって、売り払われるだろう。
そもそも、庶民の中に飛び込んでも、できそうな仕事が思いつけない。刺繍や縫物が多少できたところで、それを職にしている人間には技術が及ばない。
できるのは知識を使うことだが。
貴族女性だった人間ができる職業といえば、家庭教師が代表的なものだ。
「でもこの国ではダメだわ。どの貴族も、父と関わりたくなくて、私を雇ってはくれないでしょう」
それにさすがの父だって、自分の娘が他所の家で使用人として働くのは外聞が悪いと、連れ戻しに来るだろう。
その後は私がおかしなことをしないように、軟禁されるのではないだろうか。
「職につきたいのなら、外国へ行くしかないでしょうね」
まとまったお金と、勤め先に伝手があれば、自分の噂が届いていない外国へ行くのが一番だ。
以前ならそれを考えても、まず無事に外国へ行ける気がしなかった。なにせ道中では馬車が盗賊に襲われることもある。
今でも少数ながら存在する魔獣に襲われる危険だって、皆無ではない。
でも今の自分には、スキルがある。
人を遠ざけることができるのなら、無法者に絡まれても、スキルで切り抜けられるだろう。
「問題は伝手よね」
外国の貴族に、私を家庭教師として紹介してくれる人がいれば。スヴァルド公爵に、いずれお願いできればいいのだが。
何度か彼のお願いを聞き、その流れで相談できれば一番いい。あの方は外国とも商売をしているから、何か伝手があるはずだ。
このまま、公爵との交友が続くよう努力するのが、自分の平穏無事な生活への最短ルートだと思う。
「とはいえ、今日は休みの日だものね」
学院は、週に一日は休みがある。
今日は休みなのでスヴァルド公爵ラースに会うこともないし。
「最近寝不足気味だったから、ゆっくり昼から眠ろうかしら」
悪夢のせいなのか、ぐっすりと眠った気がしないのだ。鏡を見ても、血色が悪いように思えるし。
誰かの家を訪問する予定もないので、ぐだっと過ごすことを決めた。
毎朝のように訪れるカティの手を借りて身支度を整え、食事をとった。
昼まではもう一度あの物語を読みなおしたり、違いを書き出してみようと思いつつ、自分の部屋へと向かっていたところだった。
一階の正餐室からエントランスへ向かったところで、来客が来ているらしいことに気づいた。
父の客だろう。
会っても、にらまれたり、無視されたりとろくなことがないので、いつもは避けているのだけど。
――今日だけはなぜか気が向いた。
「……顔を見て、誰なのかわかったら評判を調べましょう」
たぶん悪夢を見続けて、あれが自分の未来ではないかと思ったからこそ、父の来客には気を付けておくべきだ、と考えたのだ。
エントランスへ続く廊下の壁に寄り添うようにして、相手の死角にとどまった。
背は高い。
間違いなく男性だろう。肩幅もかなりある。
まるで顔を隠すようにフード付きのマントを羽織っていたが、建物の中に入ったからだろう、出迎えた従僕に脱いで差し出したのだが。
「…………え」
私は口を開けたまま、閉じることができなくなる。
そうして穴が開きそうなぐらい、その人物の横顔を見つめた。
――朝、夢で見たばかりの人物と同じ顔だったのだ。