運命の書?を手に入れた私
スヴァルド公爵から嫌われてはいなかった。
しかも新しい花菓子をくれる約束をしてもらえたのだ。
私はそのことに内心で喜びつつ、外側は無表情を保ち、自分の家の馬車まで急いだ。
「お疲れ様でございました、お嬢様」
馬車の前で待っていたカティが、やや肩身が狭そうな表情で一礼する。
カティのその様子は、周囲から向けられる視線のせいだろう。
いつも迎えに来る使用人なら、まるで私の努力が足りないせいだとでもいうように、私に一瞬だけ嫌そうな視線を向け、あとは目をそらしてしまうのだけど。
カティは心優しいのだろう。
……気の毒で、彼女にも周囲の悪口が気にならなくなるスキルを分けてあげたくなった。方法なんて全くわからないのだけど……。
私は早々に馬車に乗り込み、いざ目的地である書店へ向かった。
本屋では私は降りず、カティが買って戻るのを馬車の中で待つ。
「…………」
待っている間、ドキドキとしていた。
本当に、夢の中の私が聞きかじった通りの話なのだろうか。
物語の悪役令嬢というのは、一体どういう存在なのか。
「お待たせいたしました」
戻って来たカティは、馬車に乗り込んですぐに綺麗な布袋に包んだ本を渡してくれる。
「けっこう厚いのね」
「それでも庶民用に簡単に書かれていますし、文字も大きいので、お嬢様ならすぐお読みになれますよ」
カティは自分が勧めた本を私が買ったことが嬉しいのか、ちょっと興奮したように頬を紅潮させて言った。
「この物語を読んでいる人は、まだそれほどいないのよね?」
「そこそこですね。文字を読むのが得意ではない庶民は多いですから」
「なるほどね」
本を製作するのには時間もかかるし高価な娯楽だ。だから貸本屋という形で、庶民は借りて読むのが一般的なのだけど。そもそも読書をする者の絶対数が少ないのだ。
カティは文字を読んだりできるだけの教養があるから、私の部屋付きになっているのだ。
(夢では、劇と言っていた……。だから劇になることで、この話が多くの人に広まったのでしょう)
もしこの物語が、夢の通りのものだったら……だが。
「一番面白いところはどこかしら?」
物語としての盛り上がり所を聞いてみると、カティは満面の笑みになる。
「主人公が、戦場で敵を一掃するところでしょうか」
カティは物語に恋愛よりも爽快感を求める質のようだ。
なるほどと思いつつ、はて……と私は気づく。
この物語の主人公は、救国の乙女と呼ばれることになる少女。――夢の通りなら、あの召使いミシェリアだ。
彼女が敵をばったばったと倒し、誰かと結ばれて幸せになる物語を読んで、果たして私は楽しいのだろうか?
(もしかすると、この物語を読むのはとてつもない苦行になるかもしれないわね……)
そう思った私だったが。
帰宅後、一人きりの夕食以外はずっと本を読み続けた私は、なんとか夜中近くに読み切った。
そのぐったりして、寝台に倒れこんでしまう。
カティが『盛り上がります』と言った部分は、それほど辛くはなかった。
……他に、辟易するような場面が沢山あったので。
それでも読み切れたのは、物語の執筆者の腕であろう。
これで主人公の姿を思い描くときにミシェリアの顔がちらついたり、その幼馴染だという貴公子の登場する場面で、アルベルトの顔が想いうかなければ、楽しんで読めたはず。
「とにかく完読したわ。そしてもし戦争なんかが起これば、劇の内容と実際の出来事を同一視する理由も理解した……と思う」
一人で天井を見ながらつぶやく。
物語の概要はこうだ。
貧しい暮らしを送っていた主人公。
ある日、仕事場であるとある貴族の邸宅で、幼い頃からよく遊んでいた人と再会する。
それから彼は、度々贈り物をしてくれるようになり、優しくしてくれたけれど。
彼は貴族。自分は貧しい平民。
しかも彼は、主人公が仕えている家の令嬢と婚約していた。
主人公は彼に告白したものの、同時に別れようとする。決して結ばれてはいけないのだからと。
けれど告白しているところを、令嬢に見られてしまって……。
その後、令嬢の命令で森に捨てられる主人公。
けれど彼女が出会ったのは、魔術士ギルドの人々だった。
主人公は保護された後、魔術の才能を見出される。
若き魔術士の青年の指導の元、魔術を覚えていく主人公。
同時に、ギルドを通して連絡していた幼馴染が、見知らぬ人物を連れて主人公の元へやってくる。
幼馴染は、令嬢との婚約を解消するため、家を出て騎士になったのだ。
そして幼馴染が連れて来たのは、王子だった。
国は戦争の足音に怯えていた。隣国が古の魔獣を作り上げ、周辺国への侵攻を始めたのだ。
それに対抗できるものを求めて、王子は魔術士ギルドを訪れた。
全員で魔術の文献を探す中、とうとう戦火がこの国に及ぶ。
その時、ようやく対抗できる魔術が発見された。それに必要な聖花は、主人公の故郷に出現することも。
さらには、主人公の故郷を乗っ取ったのは、仕えていた家の貴族で。実は隣国とつながっていて、隣国の侵攻が上手くいくように、聖花を発見できないように自分の領地にしたらしい。
主人公達は、密かに故郷へ入り込み、無事に聖花を手に入れる。
そして特別な魔術を使えたのは、主人公ただ一人だった。
戦場で、怪物たちを無に帰した主人公は、救国の乙女と呼ばれるように。
そして隣国との戦いに勝利し、隣国へ逃げていたあの令嬢も捕まえ、めでたく問題は解決したのだった……。
「私の立ち位置って、ようするに、この幼馴染と婚約していた令嬢ってことなのね?」
物語の中で、後半に出て来る登場人物によって『悪役令嬢だ』と呼ばれるようになる役目。
「確かに、夢の中での出来事と近いところがあるわね」
主人公はミシェリアだとして。
幼馴染の貴族はアルベルト。
そして婚約者が私。
夢のことから考えて、結果的にミシェリアは魔術を使えるようになって、戦争を勝利に導くのも同じ。
夢の中の私は、父が隣国と通じていて、隣国へ留学という形で移住していた。
ここもほぼ一致している。
ただ、私が積極的にミシェリアと関わっていたわけでもなく、移住したのも学院が辛かったから、という理由だっただけで。
「認めたくない……。けど、同じだと言われるのは仕方ないかもしれない」
端から見たら。
そして私の言い分を聞かなかったミシェリア達が、積極的にミシェリアを攻撃していたのだと喧伝したら、間違いなくこの物語と同一視する。
いや、問題はそこじゃない。
「やっぱりあの夢は、未来を見ているということなの?」
自分でつぶやき、私は身震いした。
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