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お菓子公爵の甘美な申し出

「あ……」


(あら意外なこと)


 そう言いかけて、私は口をつぐんだ。

 なにせあの現場を見ていたスヴァルド公爵が、にこやかに声をかけてくるとは思わなかったのだ。


 どうせ私が去った後は、他の貴族達が私を悪者にしていたはず。

 側にいた令嬢を気づかいもしない、情のない人間だとか。

 それだけならまだしも、エルヴァスティ伯爵令嬢がなにかしたせいで、召使いが転んだとか、全部私のせいにされているのではないだろうか。


 今まで万事がそうだったので。

 あの現場を見た後、私の悪口を聞いたのなら、まずまちがいなくスヴァルド公爵も私には近づかないと思っていた。


 貴族にとって、評判はとても大事なものだ。

 他国とちょっとした紛争はあるものの、それで名を上げられない貴族達は、人脈を使って邪魔者を排除し、自分の地位を守ろうとするから。


 だからエルヴァスティ伯爵家にはかかわりたがらない。

 私に手を差し伸べたら、『あの家も何か疑惑を持たれるようなことをしているのかも』などと、悪評を立てられかねないからだ。


 そんな中のこの対応。

 スヴァルド公爵は評判が落ちることはなんとも思っていないのかしら?

 不思議でたまらない私に、スヴァルド公爵はにこやかに言った。


「ようやく君を見つけたよ、リネア殿。ところで昨日言っていた件、どうだったか聞かせてもらえるかい?」


(ご自身の評判よりも、お菓子の効果の方が気になるのかしら?)


 さすがはお菓子公爵……と思いつつ、私は答える。


「はい公爵様。実は……やはり悪夢を見まして」


「そうか……。困ったな」


 スヴァルド公爵が難しい表情をする。


「あの、公爵閣下。一体何にお困りなのですか?」


 尋ねると、スヴァルド公爵は苦笑いする。


「いや、そう難しいことではないんだ。ただ私の方では全く悪夢らしいものを見なかったものだから。人に譲ってはいけない物だったのかもしれないなと思ったのでね」


「そ、そんなことはございません。私、花菓子が大好きなので、悪夢よりもあの味を堪能できる方に喜びを感じておりますし……」


 スヴァルド公爵が弱々しい笑みを見せた。


「君がそう言ってくれて有難い。ただ他にも同じ聖花を使ったお菓子を譲った相手がいてね……」


「他にもですか?」


 私は驚く。

 一瞬心によぎったのは、その人は不可思議な悪夢を見なかったのかしらということと……。

 私のように、おかしな特殊能力(スキル)が発現していないかしら、という二つだ。


(もし発現していたなら、どんな能力なのかとか知りたいけれど……)


 ただその場合、私も自分のスキルを明かさなければならなくなる。それは避けたい。


(普通の人ならともかく。お父様の件で何をしても悪者にされがちな私がスキルを持っていると知られたら、それで誰かを害したとか、変な噂が立つに決まっているわ)


 その果てに待っているのは、あの悪夢よりも早々に、危険なスキルを持っている人間だと隔離される未来だろう。


(……ん?)


 そこまで想像して、私は何かに気づきそうになった。

 けれど喉元まで出かけた言葉が、途中で消えてしまう。……後でもう一度考えよう。


「ちょっと珍しい聖花だったからね。花菓子に使ってしまったせいで元のままではないけど、それでもほしいと言われて……」


 公爵が困った表情なので、私は思わず慰めを口にする。


「公爵閣下に何も影響がなかったのですもの。気づかなくても仕方ありませんわ。何か悪夢を見るような体質とかが、私にあったのかもしれません」


 きっと私だけの、特殊な事例だろうと言うと、スヴァルド公爵は申し訳なさそうに言った。


「そうだといいのですが……。すみません、差し上げたのは私だというのに、気をつかわせてしまって。あと私のことは、ラースと呼んでください。同じ学生同士でもありますし、ぜひあなたとは今後も親しくしていきたいと思っておりますからね」


「あ……りがとうございます。私のことも、差し支えなければリネアとお呼びいただければ幸いです」


 私はつっかえそうになりながらも、そう応じた。

 心の中は急に浮き立っていた。

 嫌われ者の私は、こんな風に軽く『親しくしましょう』という趣旨の言葉を言われたことがない。しかもあんな風に、私が情のない人間だと思われても仕方ない状況の後だったのに。


 怖くて、あの時どう思ったのか尋ねることはできないけれど、こんな風に言ってくれるのだから……。少なくとも、お菓子に関して私と会話をすること自体は、嫌がられていないらしい。


「ではリネア嬢、お願いがあるのですが」


「なんでしょうか?」


 頼みごとをするのも、私と関わる気持ちがある証拠だ。でも一体何だろう。


「あなたに他の花菓子も試していただきたいのです。本当にあなたが特異体質なのだとしたら、今回の花菓子のことも安心できますし……。それに悪夢のお詫びに、いくらか花菓子を差し上げたいと思いまして」


「ぜひお願いいたしますラース様」


 私は即答した。

 誕生日以外にも花菓子を食べられるなら、願ってもない。

 それだけでも受ける利点があったけれど、もう一つ理由がある。


(私の特殊能力の原因が花菓子なら、他の花菓子を食べたらどうなるのかしら? 今回頂いたものだけが特別だったのかもわかる。それに、悪夢についても気になることがあるから、特別じゃない花菓子でも、同じように夢が見られるなら……)


 まだはっきりと、あれが実現しそうな悪夢なのかはわからないけれど。

 検証するにも、もっと沢山お菓子が必要かもしれないし。自力で手に入れるのは難しい品だから、ラースの申し出はありがたい。

 ラースの方は、ちょっと驚いたように目を見開いた。


「本当に大丈夫なんですか? 悪夢は辛くない?」


「我慢する必要はない」


 今まで黙っていた騎士アシェルにまでそう言われて、私は自分がちょっとおかしなことをしていたと気づく。

 普通の令嬢なら、悪夢を見ることが辛くて、眠るのさえも嫌がる可能性が高い。なのに私は、お菓子ほしさに話に飛びついたのだから。


(でも私が普通に振る舞ったところで、誰もほめないのだし。万が一にも夢のようなことが起きるなら、公爵とのつながりは保っておきたいもの)


 だから気にしないことにした。


「気になさらないでください。美味しいものを食べたら、悪夢ぐらい忘れられますから」


 微笑んでそう返したら、二人ともますます変な顔をしていたけど……大丈夫よね?

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