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婚約者は堂々と浮気をしています

 金茶の髪のすらりと背の高い青年が、一人の少女に微笑みかけている。

 その少女は、淡い金の髪を灰色の頭巾の中に隠すように結び、同じ灰色のワンピースにエプロンをしていた。


 少女は、貴族だけが通う学院に雇われている一人だ。

 しかし青年の方は、れっきとした貴族……そして私の婚約者。



 天井の高い白亜の学院の廊下から、私はその姿を見つけて足を止めてしまっていた。


(腹立たしい……)


 私は内心で歯噛みする。

 自分の婚約者アルベルトが、使用人とあいびきしている姿を見かけたことが、まず腹立たしい。知らなければ今日という日ぐらいは心穏やかに過ごせたのに。


 次に腹立たしいのは、二人が学院の人目につきそうな場所にいることだ。

 私に見られるという可能性を考えなかったの? それとも見せつけたかった?


(いくら私が気に入らないからと言って……)


 灰がかったこげ茶色としか表現できない、微妙な髪の色も気に食わず、性格だって暗いから嫌だ……とアルベルト本人が言っていた。

 立ち聞きしたので間違いない。


 髪の色については、私だって気に入ってはいない。

 実の父母に似ていないせいで、私の出生を疑う人が多いから。

 父がどこからか拾って来た子供だ……と、まことしやかに噂されているのを聞いたことがある。出産の時に医者もいて、間違いなく実子だと証明されているのに。


 父が特に誰にも反論していないせいで、なおのこと信ぴょう性が高まったようだ。

 ……私の方も、本当の親なのか疑わしいと思うほど、あの父は私に冷たい。


 そんな父は、私の婚約についても完全に放置していたのだけど、先方からの要請を受けて決めるという消極ぶりだった。

 その相手がアルベルトだったのだけど……。


 私は額に青筋ができそうだったけれど、表情だけは変えないようにしていた。これを目撃していたのは私だけじゃないから。

 近くを通りがかった令嬢達も、庭に片側が素通しの回廊でたむろしていた、不品行をなんとも思わない貴族子息も足を止めて眺めていたのだ。

 貴族子息の一人が、私に聞こえるように言った。


「伯爵令嬢が、学院の召使いに婚約者を奪われるなんてな」


「よっぽど魅力がないんだろ」


 嘲笑された私は、唇を引き結んだ。

 あまりにも下品な物言いだ。でもそれに応じてはいけない。面倒なことになる。


「怒る気力もないみたいだぜ」


「召使い相手に騒げば、かなりのバカって思われるのだけは嫌なんだろ。愛人の一人二人が増えるかもしれないが、抗議したら自分の心が狭いですーって宣伝するようなもんだろ?」


「そもそもあいつの家なら、召使い一人を消すなんて簡単だろ? あの伯爵がいくつの貴族を没落させたと思ってるんだよ」


「去年はマールバラ家だったか。表向きは勝手に破産したようなものだからな……証拠がない」


「でも船が都合よく難破したり、山賊によって荷を奪われたり、火事が起こったり……エルヴァスティ伯爵家に都合がよすぎるからな」


 だんだん胃が痛くなってきた。

 我が家が……いえ、私が周囲の人から疎まれるのは、おおむね父のせいだ。


 ――悪魔のような伯爵家。


 商売で関わったり、金銭を借りると間違いなく破滅するとまで言われている。

 その娘だから私を遠巻きにしても、悪し様に言っても、誰も擁護なんてしてくれない。だから実子じゃないなんて噂を、みんなが面白可笑しく話すのだ。


 もちろん父は私を庇ってくれることはなかった。

 婚約者のアルベルトだって、助けてくれたことなんてない。

 ……アルベルトとの婚約は、彼の家が金銭を必要としていたからこそ、父と商売上の関係を作りたくて婚約の話を持ち掛けたんだもの。

 しかも私と仲睦まじくしなくとも、父が何も言わないので、放置してもかまわないと思っているのだ。


(このまま見ていたって仕方ないわね)


 父がうなずかなければ、婚約解消もできない。ただ私がイライラするだけ。

 そんな相手の逢引きを見続けたって、何も面白くないのだから。


 私は早くここから立ち去ろうとした。

 だけど数歩進んだところで、目の前に花が放り出される。花に気を取られたその時、何かにつっかかり、私はその場に転んだ。

 とたんに、周囲からくすくすと笑いが起こる。


「伯爵令嬢がみっともない……」


「あんなだから、寝取られるんだろう?」


 そんな男性達の声の後に、女性の嘲りが耳に届く。


「アルベルト様も、だから早々に愛想をつかしたのではなくて?」


 手をついて起き上がって振り向けば、私の真横に白金の髪を巻いた令嬢が立っていた。

 エレナ・オーグレン公爵令嬢。

 私達の婚約が決まった後、挨拶をしたらものすごく険しい目を私に向けてきたのを覚えている。それで、いつの頃からかアルベルトに思いを寄せていたことは気づいたけれど。


(それなら、あなたの家がアルベルトの家に援助してやればよかったのよ)


 心の中で悪態をつきつつ立ち上がり、私は改めてこの場から立ち去る。

 そうして誰もいない場所まで来てから、この忌々しい場所から早く遠ざかりたくて私は走った。


 今すぐに、学院から家に帰ろう。

 私は学院の馬車を借りて帰途についた。

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