兄さまと私
ハイハイもつかまり立ちも出来るようになった。
「だう」
ベビーベッドの柵につかまり立ちして、私は片手を宙に伸ばす。
ふわふわ浮いている蛍のような光が三つ、私の手に近づいてくる。
白と黄と緑の光が私の手の周りをくるくると回る。
市場に行ったあの日から、光は少しだけ私のお願いを聞いてくれるようになった。
特に白い光は高い確率で聞いてくれる。
逆に黒い光は近づいてすらくれない。
この違いはなんだろう?
考えていると、ドアが開いて兄さまが部屋に入ってきた。
「ただいま、ベル。兄さまだよ」
満面に笑みを浮かべて、リオン兄さまが近づいてくる。
「あー、いーしゃま、おきゃーなさー」
「うん。ベルは今日も良い子で可愛いねー可愛いー」
兄さまは私を抱き上げると頬ずりする。
デレデレである。
他の人がいる時はクールを装っているけど、私と二人だけの時はいつもこんな感じなのだ。
「あう? あー」
「ああ、これ? 今日も父様と剣の稽古をしたんだよ。うまくよけれなかったんだ」
腕にあざが出来ていることに気づき、私が声を上げると兄さまはなんでもないという顔で答えた。
青紫色ですごく痛そうだけど、大丈夫なのかな。
私は光にお願いしてみた。
ーー兄さまの痛みを和らげてください。
すると白い光が一つ兄さまの腕に入った。
少しだけ、あざが薄くなる。
どうも光には回復効果があるようなのだ。
この力で姉さまの病気も治せたらいいんだけど、今のところ上手くいっていない。
兄さまは腕や足などを動かして首をかしげた。
「あれ? ……なんだか体の痛みがましになった気がする」
「だー」
「ベルを抱っこしているからかな? ベル可愛い」
ぎゅーと抱きしめられる。
ちょっと苦しいけど、兄さまがすごく幸せそうなので我慢。
「あーあ。あと一年したら学園に入らないといけないなんて、嫌だなあ。ベルに会えなくなるなんて、本当に嫌だ」
「あうー? がきゅえー?」
「学園っていうのはね、いっぱい勉強する所だよ。勉強は好きだけど、学園は遠いから寮に入らないといけないんだ。……そしたら、滅多に帰ってこれなくなる」
声のトーンが低くなるのと同時に、抱きしめる腕の力が強くなる。
「あうー」
「あ、ごめんね。苦しかったね」
私が呻くと兄さまは慌てて腕を緩めた。
そして、ぽんぽんと私の背を叩く。
「……ベルは赤ちゃんだから、僕のこと忘れちゃうかもしれないね」
「あうー?」
「寂しいなあ」
ぽつんと呟いた兄さまはすごく悲しそうで、私は大きく頭を振った。
「だー! あうー!」
「ベル?」
「にーしゃま、わしゅれなー! だーどうぶ!」
忘れないよ!
本当に赤ちゃんだったら忘れちゃうかもしれないけど、私の精神年齢は二十六だからね。
大丈夫だよ!
必死に言いつのると、兄さまはくしゃりと顔を歪ませて笑った。
「……ありがとう、ベル」
その顔は、今にも泣き出しそうで、そしてとても優しかった。
兄さまは私にそっとささやいた。
「僕は兄さまだもんね。頑張って、いっぱい勉強してくるよ。そして、父様みたいになって、皆を守るんだ」
「にーしゃま、がんばー」
「あはは、うん。……それにしても、ベルは本当に賢いね。すごいなあ」
ぎくり。
一歳にもならないのに、会話出来るっておかしいよね。
兄さまはまだ子どもだから、変だとわかっていないけど……気をつけなくては。
私が冷や汗を流していることに気付かずに、兄さまはニコニコと笑みを浮かべている。
……あと一年で兄さまは寮に入ってしまうのか。
私も、寂しいなあ。
でも、仕方ないよね。勉強は大事だし。
せめてそれまでは、たくさん構ってもらいたいな。
そう思って兄さまに抱きつくと、兄さまも抱きしめ返してくれて、お互いぎゅうーと抱きしめあう。
そこへ姉さまがやってきた。
「ただいまベル! って、あれ? 兄さま何してるの?」
「あ、アリサ。い、いや別に」
「ベルと遊んでたの? わたしも混ぜてー」
「わっ!」
姉さまが兄さまに抱きつく。
いきなりのことで兄さまはバランスを崩して、私ごと床に転がった。
「兄さま、ベル。大丈夫?」
問いかけながら姉さまも私達と一緒に床に転がる。
「大丈夫だよ。ベルも大丈夫だよね?」
「あい」
「そっか、よかった! ……ベル、こちょこちょー」
「きゃうー!」
「あはは、僕もやらせて」
「うん!」
三人で床に転がったまま、ふざけあう。
私達はそのまま、やってきた母さまに叱られるまで、仲良く遊んでいたのだった。