市場
今日は母さまとお出かけである。
アリサ姉さまも一緒だ。
朝の早い時間なので空気が澄んでいる気がする。
私は母さまの背中におんぶ紐で背負われた格好で、辺りをきょろきょろと見回した。
今日はこの前より人が多くて賑やかだなあ。
母さまは片手に籠を持ち、もう片手で姉さまの手を握って人混みの中をすいすい歩いていく。
アリサ姉さまは背中に小さな籠をしょっている。
たぶんだけど、買い物をするんだろうな。
しばらく歩くと、広場に出た。
「あうー!」
広場にはたくさんの人が集まっていた。
地面にゴザを敷いてその上に品物を載せている人、果物や野菜が詰まった籠を置いている人、木箱の上に肉の塊を載せている人。
牛や山羊に似た動物を連れている人もいる。
どうやら、市場になっているようだ。
母さまは野菜や糸や端切れ等を買い込んでいく。
軽い物は姉さまの籠に入れて、それ以外は自分の籠に入れている。
「母さま。私も糸がほしいな。ハンカチに刺繍したいの」
姉さまが母さまにおねだりをする。
まだ幼いのに、姉さまはすでに裁縫を習っているのだ。
「それなら多めに買いましょうか。何色のがほしいの?」
「あのねー」
姉さまは嬉しそうに糸の束へと手を伸ばす。
だが、その笑顔が歪むと、苦しそうに咳き込んだ。
「けほっ、けほっ」
「アリサ? 大丈夫?」
しゃがみ込んだまま咳き込む姉さまの背を、母さまが心配そうにさする。
最近よく姉さまは咳き込む。
そのたびに、黒い影が姉さまを覆っているのだが……なんだか、どんどん影が濃くなっている気がする。
この影、なんなのかな。
この影のせいで、姉さまが苦しんでいるのかな。
「あうー!」
ええい、こんな影なんて消えちゃえばいいのに!
私は苛立ちのままに姉さまへと手を伸ばし、影を振り払うように左右に振った。
「あう!?」
私は目を丸くした。
なんと、本当に影が薄くなったのだ。
同時に姉さまの咳が軽くなる。
私は急いで残りの影も振り払った。
「けほ、……けほ」
「おさまったみたいね。大丈夫?」
「うん……」
頷く姉さまだが、疲れた顔をしている。
「今日はもう帰りましょうね」
「……うん」
母さまは糸を買うと姉さまを促して歩き出した。
姉さまはうつむいたまま、手を引かれて歩いている。
大丈夫なのかな。
心配だけど、私に出来ることは少ない。
「あうー……」
しょんぼりと肩を落としていると、いつもの蛍のような光がふわふわと近づいてきた。
白い光は私の周りをしばらくふわふわしていていたが、ふいに動きを変えて姉さまへと向かっていった。
「あう?」
光が消えた。
姉さまに吸い込まれるように消えたのだ。
え、どこに行ったの?
姉さまの中?
驚いて見つめていると、姉さまが顔を上げた。
姉さまは先ほどより元気そうだった。
「母さま。胸が苦しいのなくなったみたい」
「そうなの? よかったわ。でも、油断しないで帰ったら休みましょうね」
「はーい」
姉さまはにっこり笑うと素直に頷く。
ええと。
さっきの光のおかげで良くなったのかな。
もしかして、潜伏中の病気も治ってたりして!?
私は慌てて姉さまを鑑定してみた。
でも、状態はいつものように病(潜伏中)のまま。
「あうー……」
そんなに簡単にはいかないか。
ちょっと期待した分だけがっかりしながら、私は光に目を向けた。
「あーあと」
姉さまの咳を治してくれたなら、ありがとう。
色とりどりの光はふわふわと揺れた。
黒い影と光の謎は深まったけど、今はただ感謝の気持ちを光に向けたのだった。