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姉さま

 ーー風の強い日だった。


 姉さまが倒れてから、もう五日が経っている。

 容態は、よくない。


 神父様は姉さまにつきっきりで魔術を使ってくれているのだけど、姉さまの熱はなかなか下がらずにいた。


 魔術ーー神聖魔術を見たのは初めてだけど、神父様の祈りに応えるように白い光が集まってきたのが驚きだった。

 光と魔術に、どんな関係があるのかな。

 疑問を覚えたけど、今はなにより姉さまだ。


 私は、姉さまの側から離されそうになると大声で泣きわめくという手段を使って、無理やり一緒の部屋に居させてもらっている。

 疲労している母さまの負担になるのは心苦しいけど、姉さまを助けたいのだ。


 ーー姉さまを覆う黒い影は、一日ごとに濃さを増していっている。


 神父様が魔術を使った時や、私のお願いで光が姉さまの中に入った時は一時的に薄くなるのだけど、すぐにまた黒くなる。

 いったいどうしたら姉さまを助けられるのだろう。


「……母さま」


 ふいに姉さまが呟いた。


「アリサ? 気がついたの?」


 母さまがいつものように優しく声をかけると、姉さまは熱に潤んだ瞳を向けた。


「母さま……わたし、このまま死んじゃうのかな?」

「……アリサ」

「熱いのに、体の奥が冷たいの。怖いよ、母さま……」

「アリサ。アリサ……」


 声を詰まらせて泣く母さまの肩を父さまが抱く。

 父さまも苦しそうに眉を寄せていて、ぎゅっと唇を引き結んでいる。


「アリサ、頑張れ」


 小さく、でも強く言ったのは兄さまだった。


「頑張れ! 病気になんて、負けるな! また一緒に遊ぶぞ!」

「ねーしゃま、がんばー!」


 私も声を張り上げる。

 姉さまは笑おうとしたようだった。


「うん……。そうだ、ね。負けたく、ないなあ」


 姉さまの手がゆっくりと上がる。


「死にたくないなあ」


 うん、死んじゃ駄目だよ。

 私だって二十六まで生きたんだよ。

 姉さま、まだ五才なのに。


「死ぬの怖いよお」


 姉さまが泣く。

 ぼろぼろと涙をこぼす姿に、母さまは泣き崩れ、父さまも顔を歪めて涙を落とした。


 怖いよね。わかるよ。

 姉さま。

 負けないで、姉さま。


「……苦し、い」


 姉さまの手が落ちる。

 まぶたから涙がこぼれる。


 ずっと魔術を使っていた神父様が、首を振った。


 兄さまが、大声で泣き出した。


 え。

 なんで。


 姉さま?


「アリサ! ああ、アリサ……!」

「……アリサ」


 母さまが姉さまにすがりついて泣く。

 父さまも泣いている。


 ーーなんで?


 私は兄さまに抱きしめられながら、呆然としていた。

 なにこれ。

 なんで、こんな結末なの。

 姉さまが何をしたって言うの。


 まだ五才だよ?

 ちょっと止めてよ、ふざけないで。


 ……ふざけるな。


「あうー!」


 私は兄さまの手を振りほどき、姉さまへと歩いた。

 

「ベル……?」

「あうー……!」


 よろよろとしか歩けないのがもどかしい。

 大人なら数歩の距離が遠い。


「ねーしゃま」


 アリサ姉さま。


「おーて」


 起きて。


「しにゃーなーで!!」


 死なないで!! 


 私は手を伸ばし、姉さまの手を握った。

 ーー光よ!

 お願い! 姉さまを助けて!

 この黒い影をーー追い出せ!!


「この力の渦は……!?」


 視界の端で神父様が驚いているのが見える。

 でも、その姿も押し寄せる光に掻き消された。


 白、青、緑、黄、薄紅、赤、紫、そして黒。


 全ての光が私を通して姉さまに注ぎ込まれる。

 大いなる力が姉さまの中に巣くう黒い影を滅していく。


 頭がぐらぐらする。

 意識が飛びそうになる。


 それをなんとか抑えて、ただひたすらに光を姉さまへと注ぎ込む。


 何秒かそれとも何時間か。

 時間の感覚さえわからずに耐えていると、ふいに感じていた抵抗がなくなった。


 姉さまの手が、ぴくりと動いた。


「ベル……?」


 皆が息を呑むのがわかった。

 姉さまが目を開けていた。

 明るい青色の瞳が、私を見ている。


 ーーよかった。


「ねーしゃま」


 よかった。

 よかった。姉さまを、死の淵から連れ戻せた。


 よかった……。


 私は泣きながら笑い、そのまま意識を手放した。

 姉さまが私を呼ぶ声に安堵しながら。





 

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