5.みんなの様子がおかしいなら、おかしいのは自分
「はー……アルカの様子がねぇ……」
普段と違う幹部達の態度に若干苛立ちを覚えていた俺は、ギーの屋敷に来るや否や本題を切り出した。そもそも、俺はアルカのことを知りたいんだ。こんな無駄なことは終わらせてさっさと小屋に帰りたい。
俺からアルカの話を聞いたギーは、値踏みをするような目を俺に向けてくる。
「そういえばクロ、ベジタブルタウンの野菜がそろそろ収穫の時期でな。そいつを手伝ってやって欲しいんだが?」
はぁ?こいつ何言ってんだよ?俺はアルカのことを聞いてるのに、くそどうでもいい話をしやがって。マジで意味わかんねぇよ。
「おい、ギー。俺はアルカのことを本気で悩んでるんだ。そんなこと手下のゴブリン共に任せておけばいいだろうが」
俺は苛立っているのを隠そうともしないで言った。にもかかわらずギーは指を組みながら、面白そうに俺を眺めている。なんだよ?バカにしてんのか?今ならその喧嘩買うぞ?
「なるほどねぇ……クロはまた厄介なことに巻き込まれてんのか。本当にあいつの人生は退屈しねぇな」
「だからそう言ってるだろうが!」
「あぁ、いやアルカの件じゃなくてな。それにそっちはクロ次第ですぐに解決すんだろ」
俺次第で解決……?こいつ、何か知ってやがんな。
「どういうことだよ?俺が何をすればアルカは元に戻るんだ?」
「んー?……お前さんは何もしなくていいんじゃねぇの?」
マジでわけわからん、こいつ。いつも通り人を食ったような態度が、今の俺には不愉快極まりない。
「それにしても……おい、セリス。あいつは何を考えてるんだ?」
「私にもわかりません。本当に詳細は分からず、気がついたらこうなっていたんです。おそらく何か考えがある……といいんですが」
「くっくっく……あいつのことだからな。碌な考えじゃねぇぞ、それ」
なぜだか楽しそうなギー。セリスとの会話の意味は俺には全く分からない。俺だけ仲間外れにされているようですこぶる気分が悪いぞ。
「なぁ、ギー。何か知ってるなら教えてくれよ。俺はいつもの可愛いアルカに戻って欲しいんだ」
「なんだ?それじゃあ今のアルカは可愛くないっていうのか?」
「そらそうだろ?口もきいてくれないんだぜ?」
アルカは笑った顔が反則級に可愛いんだ。今の能面のような顔をしたアルカはアルカなんかじゃない。
俺の言葉を聞いたギーが呆れたような表情を浮かべる。
「勉強不足っていうのはこういうことを言うんだな」
「は?」
「いんや、こっちの話だ。悪いな、今のお前の力になれそうなことは何もねぇよ」
散々意味の分からないことを言ってそれか。こいつは俺の腹を立てる天才なのかもしれない。
俺はギーを睨みつけると、セリスに声をかけた。
「聞いたか、セリス。もう気が済んだだろ。小屋に戻るぞ」
「そうですね」
俺は怒気をあらわにしながら、ギーの部屋を出ていこうとする。だが、そんな俺を無視してセリスは能天気にギーに頭を下げていた。
「お邪魔しました」
「おう。あっ、そうだ。クロに言っておけよ。『今度はもっとましなお土産を買って来い』って」
「伝えておきます」
「……俺ならここにいるだろうが」
扉に手をかけながら俺がギロリと目を向けると、ギーはおどけた様子で肩を竦めた。
「そうだったな。次のお土産には期待しておくぜ」
「……本当にイラつく野郎だ」
俺は吐き捨てるように言うと、怒りに任せて部屋の扉を閉めた。
*
小屋に戻ってきた俺はすぐさまアルカのもとに向かう。だが、部屋にもリビングにも、どこにもアルカの姿はなかった。
「アルカ!いないのか!?」
大声で呼ぶも反応なし。俺達がいない間にアルカはどこかへ行ってしまったらしい。こんなことならセリスの戯言に付き合うんじゃなかった。
俺は八つ当たり気味に、後ろに立っているセリスの方に向き直る。
「結局、街を巡ってみたが、何にも分からなかったじゃねぇか!」
俺の怒声を聞いても、セリスは無表情で俺のことを見つめていた。なんなんだよ、その目は。
「セリスは俺に何をさせたかったんだよ!」
「させたいことですか……特に何もありませんが?」
やめろ!そのどうでもいいものを見るような目で俺を見るな!
俺は勢いに任せてセリスを壁に押しやり、顔を近づける。
だが、何も変わらない。相変わらず、その目は俺の事なんて見ていなかった。
「……前は顔を赤くして照れていたくせに、今は随分冷静なんだな」
アーティクルの街で、俺は一瞬の気の迷いからセリスに口づけをしようとしたことがあった。その時はあんなにも緊張した顔をしていたというのに。
「あなたからは一切魅力を感じませんからね。顔を近づけられても不快なだけです」
セリスは冷たい視線を向けながら、淡々とした口調で告げた。不快だと?俺はこんなにもセリスのことを大切に思っているというのに、こいつはそんな風に思っているのか?
「とにかく、あなたに教えられることはすべて教えたので、私はチャーミルに戻らせていただきます」
セリスは俺から離れると、転移の魔法陣を構築する。
「……最後にルシフェル様の所にでも行ってみたらどうですか?思い知ることになりますよ」
最後にそれだけ言うと、セリスはこの場から消えた。
何がどうなってやがるんだ!?一夜にして、俺に対する態度が全員変わっちまってんぞ!?
俺は肩を怒らせながら小屋を出ていき、魔王城内を歩いていく。
誰かの陰謀か!?魔王軍指揮官の俺を貶めようとする奴の策略なのか!?
だが、そんなことをする奴にも、方法にも一切心当たりがねぇ!そもそも、どうやりゃこんな状況になんだよ!?
考えられるとしたら幻惑魔法か……特定の相手を嫌いにするような魔法でもあるのか?幻惑魔法が使えない俺にはわかんねぇぞ!
そんな魔法があったとしても、あいつらは魔王軍の幹部だぞ!?そう易々と幻惑魔法にかかるたまじゃねぇだろ!!
そんなことを考えていたら、フェルの部屋の前にたどり着いた。俺はノックもなしで部屋の中へと入っていく。
「おい!一体どうなってやが───」
その瞬間、俺の身体は凍り付いた。
「これはこれは指揮官さん、僕の部屋へは一体何の御用で?」
フェルは部屋の中心にある豪華な椅子に足を組みながら座り、笑っていた。その身体からは尋常ならざる殺気があふれ出している。それが俺から自由を奪っていた。
「あっ……あっ……」
口をうまく動かすことはできない。全身の汗腺がフル稼働して、汗を吹き出していた。
「あぁ、ごめん。ちょっと瞑想中でね。……でもこれくらいの殺気なら指揮官さんは気にも留めないよね?」
挑発的な笑みを浮かべながらフェルは身を乗り出して俺を観察する。冗談じゃねぇ。こんな人ならざる殺気をまともに受けて、正気を保てる奴なんかいねぇよ。
「……これじゃ、話すこともままならないか」
口をがくがくと震わしている俺を見て、フェルはつまらなさそうに放っている殺気を弱めた。まだ肌はピリついているが、動けない程ではない。
俺はゆっくりと息を吐き出すと、フェルの目を見据えた。
「……みんなの様子がおかしい」
「へー?どんな風に?」
フェルが興味深げに尋ねてくる。忘れていたが、目の前で圧倒的な威圧感を与えてくるこの男は魔王なのだ。言葉には気を付けなければならない。
「みんなが俺に対する態度が冷たいんだ。特に何かをしたというわけでもないのに。まるで幻惑魔法にでもかけられたみたいに」
「そうなんだ。不思議だね」
フェルならそんな幻惑魔法に心当たりがあるかと思って言ってみたが、ニコニコと笑っているだけ。こいつには事の重大さが伝わっていないのか?もしかしたら魔王軍指揮官を陥れて、魔王軍を瓦解させようとしている奴がいるかもしれないんだぞ?
「あいつらがおかしいのは直接見ればわかるはずだ!フェルだって───」
「フェル?」
またしても身も心も凍てつくような殺気がフェルの身体から迸る。俺の身体は再び鎖で縛られた様に動かなくなった。
「僕がその名を呼ぶことを許したのは二人だけだ。君じゃない」
全身の震えが止まらない。俺はこんな化物と戦ったというのか?
「さて……まだ踊ってくれるっていうなら付き合うけど、続ける?」
フェルは先ほどの殺気が嘘のように暖かい笑みを俺に向けてきた。だが、フェルの恐ろしさが身体の芯にまで染みついた俺は、もう何も言うことはできない。
俺は何も言わずに踵を返すと、逃げるようにフェルの部屋から出ていった。
「くそ……くそっ……!!」
悪態をつきながら城の中を進んでいく。
現実をつきつけられたような気分だ。いや、気分じゃない、実際にそうなのだ。
怒りとみじめさと悔しさが入り混じって、もうわけがわからなくなりそうだった。血が沸騰しているように身体中が熱い。
誰一人として俺を認めようとはしなかった。誰一人として俺を受け入れようとはしなかった。
何がいけないんだ?どこが劣っているんだ?
わからない。いくら考えても答えが出ない。
ただ一つはっきりしていることがある。
僕じゃあいつになることはできない。





