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1.上の空の奴は、なぜか変なものを食べても気がつかない

 陽の光も届かない薄暗い地下室。


 誰も好んで近寄ろうとはしないこの場に、青年が一人、歓喜に打ち震えていた。


「やったぞ……ついにやった……」


 その青年の言葉に反応する者はいない。なぜなら、周りには散乱した本と、言葉を交わせない小動物しかいないのだから。


「これであいつの物は全て僕の物になる……」


 だが、青年はそんなこと気にしない。元々、誰かに話しかけているわけではないのだ。ただ喜びを感じるがあまり、口から言葉が自然と飛び出しているだけ。


「やっと……やっとあの人も、僕の事を見てくれるようになる……」


 想像するだけでみるみる顔に笑みが広がっていく。


 青年のそれは、もはや歓喜などではなく、狂気に近しいものに変わっていた。



 いつもの朝食、俺はセリスの入れてくれたコーヒーを飲みながら、さりげなくアルカに話しかける。


「あー……アルカ?最近どうだ?」


 さりげなくってなんだっけ?こんな違和感バリバリだったっけ?


「最近どう?」


 アルカがクリクリお目目を俺の方に向けながら、首を傾げた。そんな反応になるよな。アルカは悪くない、アルカは可愛い。


「魔法陣の練習は励んでいるかい?」


 いつも通りに話そうと思えば思うほど、普段とはかけ離れていく不思議。これで一つ論文書けんじゃねぇか?書かねぇけど。


「うーん……よくわからないけど、昨日もパパとお稽古したから、アルカの魔法陣の事はパパの方がよく分かってるんじゃないの?」


 おっしゃる通りです。ちゃんと毎日手合わせしているから、アルカの実力は把握しています。そして、アルカはグングンその力を伸ばしております。


 いやー、まじでメフィストってすげぇわ。上級魔法(トリプル)なら単体、中級魔法(ダブル)以下なら複数の魔法陣をノータイムで組成出来るようになったからな。

 まだ試してないけど、そろそろ基本属性の最上級魔法(クアドラプル)くらいなら撃てるんじゃないか?身体強化(バースト)は相変わらず、中級(ダブル)より上はできないみたいだけどな。


 なんか、別に慢心王になっても問題ない気がしてきた。そこら辺の魔物じゃ、例えアルカが油断してたって、もう足元にも及ばないだろ。アルカが傷つく可能性がないなら、今のままでいいか?


 いやいや、やはり慢心は良くない。戦う時に相手を見下すような人にはなって欲しくないからな。


 俺はわざとらしく咳払いをすると、アルカの方に向き直る。


「そういえば、近々魔族の闘技大会があるんだが、アルカも出てみないか?」


「闘技大会?」


 アルカがパンにジャムを塗りたくっていた手を止めて、俺の方を見つめた。


「魔族達の……そうだな、力比べってところかな?アルカもお父さんと訓練してきてだいぶ強くなっただろ?」


「へー……力比べかぁ……」


 おっ、アルカの瞳がキラキラと輝いていやがる。これは好感触だな。


「それに闘技大会にはいろんな魔族が出るからな。中には手強い相手もいるかもだぞ?」


「手強い相手っ!?」


 なんかめちゃくちゃ食いついてきたんだけど。どこぞの戦闘民族か、この子は。


「出る!アルカも闘技大会に出たい!」


「お、おう、そうか。なら、闘技大会までお父さんと修行だな!」


「やったー!!」


 アルカは嬉しそうにパンを頬張った。……戦いに代わる楽しい事を見つけてやらないとまずいかもしれない。このままだとアルカがバトルジャンキーになってしまう。


 ま、まぁ、この闘技大会で色々教わることになるだろうから大丈夫だろ!今は闘技大会までの間、のほほ〜んとアルカに修行をつければいいな。


 あの後、すぐにアーティクルで起きている事をフェルに報告しに行ったら「ご苦労様!何かあったら声かけるから、闘技大会まではゆっくり身体を休めていてよ!」って、あっさり休暇を申しつけられたんだよ。

 またなんか面倒臭そうな依頼が来ると思ったのに、結構な肩透かしを食らったな。


 そんなこんなで久々に休みをいただき、アルカと何をしようか考えていると、アルカがセリスに笑顔を向ける。


「ママも闘技大会出るの?」


「…………」


「ママ?」


「えっ?あっ、はい。このイチゴジャムは美味しいですね」


 慌てて答えたセリスに、俺とアルカは顔を見合わせた。イチゴジャムの話はしてないし、そもそもお前がパンに塗っているのはマスタードだぞ?


 なんかアーティクルの街から帰ってきてからというもの、セリスの様子がすこぶるおかしい。心ここに在らずというか、しょっちゅうぼーっとしていて、今みたいに会話をろくに聞いていない。


 考えられる原因は、フローラさんだよな。


 なんか二人で話してたみたいだし。フローラさんがセリスに何かしら言った可能性が高いんだけど……。

 そもそも、フローラさんとは全然親しくないから、俺の事で知っていることなんて、たかが知れてんだよなぁ。

 そうなると、フローラさんが余計な事を言ったっていう線は薄くなるんだけど。なら、原因はなんだって話になる。


 俺はコーンスープに口をつけながら、前に座っているセリスを観察した。


 焦点の合わない目でひたすらパンを口に運んでいる。お前、辛いの苦手じゃなかったか?シャレになってない量のマスタードだぞ?

 それでもセリスはノーリアクションでパンを食べていた。


 こりゃ、だいぶ重症だぞ。

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