6.盃には日本酒
幹部会が終わった俺達は、早速アイアンブラッドへと移動した。セリスとフレデリカは一度戻って着替えてくるという事で、とりあえず野郎三人で酒場へと向かう。
「たかだか幹部会に正装で来なくてもいいのにな」
ってか、あれは正装なのか?SM嬢とナースとか、怪しいお店としか思えねぇよ。そんな俺にギーは呆れた顔を向けた。
「あのなぁ……一応、幹部会ってのは由緒正しき場なんだぞ?」
「お前はズボン一丁じゃねぇかよ」
「俺の正装はこれだ。そういうのが面倒くさいから、これを正装って事で押し通した」
押し通せてねぇよ。どう考えてもあの場にふさわしくねぇ。
「それに比べてボーウィッドは楽でいいよな」
「……これでも幹部会の前はちゃんと鎧を磨いている……」
ギーに話題を振られたボーウィッドが心外だ、とばかりにムッとした様子で答える。いや兄弟、それは俺にも分からなかったわ。
つーか、街を歩いているだけなのにやけに視線を集めてんな。まぁ、幹部二人と指揮官がいれば何事だってなるか。兄弟はこの街の長だしな。
適当にダラダラ会話をしていたら、ゴブ太の酒場までたどり着いた。一見、ただの家に見えるが、ちゃんと店前には大きく看板が掲げられている。
「……ブラックバー?」
俺が眉をひそめながら看板に書かれている店名を読み上げた。意外とシンプルな名前だけど、由来ってなんだ?
「……店を出す機会をくれた兄弟を敬う意味があるらしいぞ……?」
ボーウィッドが俺にニヤリと笑みを向ける。あー、『クロ』だから『ブラック』ね。……なんかめちゃくちゃ恥ずかしいんだけど。
「おいおい、店の名前に使ってもらえるなんて光栄だな!」
ニヤニヤ笑いながら、俺の肩をギーが小突いた。こいつは確実に俺をからかおうとしている。まじでこの緑のハゲはいつか締めたる。
「名前の由来は聞かなかった事とする。これは指揮官命令である」
「これほどしょうもない指揮官命令もねぇわな」
くっくっくっ、と楽しそうに笑うギーを無視して、俺は店の扉を開けた。
「いらっしゃ……あっ、クロ吉でやんすー!」
机を拭いていたゴブ郎がいち早く俺に気づき、声をあげた。その声を聞きつけたゴブ衛門とゴブ太が裏からやってくる。
「おークロ吉、来たのか……ってえぇ!!?」
「あ〜!ボーさんとギー様も来たんだね〜!いらっしゃいませ〜!」
街の長と自分達の領主を前に、ゴブ太は目を見開いたまま完全に停止した。ゴブ衛門は相変わらず軽い調子で挨拶する。本当にこいつは動じねぇな。
「おう!ボーウィッドに酒場が出来たって聞いて早速来たぞ。今日は貸切な」
「ゴブ太もゴブ郎もゴブ衛門も様になってるじゃねぇか。美味しい飯を期待してるぜ」
「……よろしくな……」
俺達は固まってるゴブ太の脇を抜け、適当に席に着く。
「初めてのお客様が幹部二人と指揮官とは……」
「あぁ、あとセリスとアルカ、それにフレデリカも来るからよろしく」
「ぷしゅ〜……」
脳みそのキャパをオーバーしたのか、ゴブ太は頭から蒸気を吹き出しながらその場に倒れた。ゴブ衛門がそんなゴブ太を引きずって厨房へと下がっていく。
店内は少しオシャレな酒場に改装されていた。木でできた円卓が数卓置かれており、いろんな種類の酒瓶が飾ってある。店の隅にはバーカウンターらしき場所もあり、そこは酒担当のゴブ郎のスペースなんだろうな。
「セリス様はわかるけど、フレデリカ様も来るでやんすか?」
ゴブ郎が俺達の机に水を置きながら尋ねてきた。
「あぁ。まぁ、なんやかんやあって仲良くなったからな」
「クロ吉らしいでやんすね。アルカが来るならお礼ができるでやんす!」
「お礼?」
こいつらが感謝するような事をアルカがしたのか?
「そうでやんす!アルカはちょくちょく来てくれて、掃除とか味見とか色々してくれたでやんす!」
そうなのか。確かに、アルカはよくアイアンブラッドに遊びに行っているらしいしな。一応、ゴブ太達の事は魔法陣を教えたって事で顔見知りだったから、ここにも遊びに来てたんだな。
「とりあえず飲み物注文するでやんすか?」
「あー……どうする?」
「もう少し待ってたら来るだろ」
「そうだな。全員集まってから注文するわ」
「了解でやんす」
そう言うと、ゴブ郎はバーカウンターに戻っていった。ふむ、中々どうして似合ってるじゃねぇか。
「そういや気になってたんだが、クロはどうやってフレデリカを落としたんだ?」
「落としたってなんだよ?」
「おいおい、照れてんのか?」
「……俺も少し気になるな……フレデリカは兄弟には心底、気を許しているように見えた……」
ボーウィッドまでか。別に大した事はしてないと思うんだが。
「お前らと一緒だよ。あいつの街が抱える問題を解決してやっただけ」
「本当にそれだけかよ?」
「それだけだな」
まぁ、その過程で山を吹き飛ばしたけどな。そんなの別に言わなくてもいいだろ。
「本人がいないところで内緒話なんて趣味が悪いんじゃないの?」
この艶美な声は……。
俺達は三人が目を向けると、そこにはいつもの服装に戻ったセリスとフレデリカ、あと少しだけおめかししたアルカが立っていた。薄桃色のワンピースを着ながらはにかむアルカは、最早天女にしか見えない。
「おっ、アルカ。可愛い服着てるじゃねぇか」
「えへへー、そうかな?」
ギーに褒められたアルカが頬を染めながら俺の隣に座った。おい、緑ハゲ。人の娘を口説いてんじゃねぇよ。通報すっぞ。
「お待たせし」
ドスン。
セリスが俺の隣にある椅子に腰を下ろそうとした瞬間、フレデリカがその椅子を後ろに引いた。学校で一度はやるであろうこの行為。結果はお察しの通り。
「フレデリカ……あなた……!!」
セリスがワナワナ震えながら立ち上がり、フレデリカを睨みつける。当の本人はさして気にした様子もなく、余裕のある笑みを浮かべていた。
「あら、ごめんなさい。あなたが傲慢にもクロの隣に座ろうとしていたから、つい手が滑っちゃったわ」
おぉ……流石はフレデリカ。この気配を放つセリス相手に、こんな口が聞けるのはこいつだけだ。多分、フェルだって悪くないのに頭を下げんだろ。
二人がバチバチと火花を散らしていると、ボーウィッドがため息をつきながら俺の隣に移動した。
「……二人とも早く席に着いたらどうだ……」
兄弟、お前……男らしすぎんだろ。ボーウィッドの漢気に押された二人が、ばつが悪そうな表情を浮かべて席に着く。それを見計らっていたかのように、ゴブ郎が注文を取りに来た。敏腕か。
「これはこれは、セリス様にフレデリカ様!お二人のような綺麗な方に来ていただけると、店が華やかになるでやんす!」
「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない?」
「アルカはー?」
慣れた様子でフレデリカが答えると、アルカが不満そうに声をあげた。
「アルカも今日は可愛いでやんすね!」
「やったー!ゴブ郎にも褒められた!」
喜ぶアルカも可愛いな。俺にとっちゃ、二人よりも断然アルカだから。
「じゃあ、お酒の注文を聞くでやんす」
「なら、米酒を一瓶持ってきてくれ」
俺が迷いなく告げると、ゴブ郎を含む全員が驚きの表情でこっちを向いた。
「それだけでいいでやんすか?」
「あぁ。とりあえず最初はそれだけ。あと、盃を六つ」
「……了解でやんす」
疑問符を浮かべながらゴブ郎が下がっていく。よしよし、これでいいんだ。
「あの……クロ様?私はあまり米酒は得意ではないんですが……」
「私もね。果実酒しか飲んだことないもの」
セリスとフレデリカが困り顔で訴えかけて来た。俺だって好きじゃねぇよ。だけど、これだけは譲れないんだな。
「俺がこの酒場を待ち望んでいた理由は知っているか?」
「確か、ボーウィッドと飲みたいとかなんとか……あー、それでか」
ギーが合点がいったような表情を浮かべた。そういうことだ。俺が目を向けると、ボーウィッドはゆっくりと頷く。
「お待たせしたでやんす〜!」
ゴブ郎が米酒の入った一升瓶と盃を持ってきた。それを受け取ると、俺は座っている全員に目を向ける。
「俺は兄弟の盃を交わすために、この酒場を作ったんだ」
作ったのはゴブリン達だけどな。企画立案は俺なんだから、俺が作ったってことでいいだろ。
俺は静かに盃を六つ、机の上に並べる。
「本当はボーウィッドと二人で交わすつもりだったんだけどな、まぁ、ここに集まったのも何かの縁って事で、兄弟盃に付き合ってくれるってやつはこいつを取ってくれや」
俺の言葉が言い終わるか終わらないうちに、俺のを残して目の前にあった盃が全てなくなった。ここで盃を持ってもらえなかったらどうしよう、ってちょっと不安だったのは内緒。
俺は一人一人、杯に米酒を注いでいく。
「悪いな、兄弟。結構賑やかなことになっちまった」
「……それも兄弟らしくていいだろ……」
デュラハン族、ボーウィッド。
「パンツ一枚のやつと兄弟の盃を交わすとわな」
「バカ言え。これは俺の一張羅だ。舐めんな」
魔人族、トロールのギー。
「なんか巻き込んじまったな。迷わず盃を取ってくれるとは思わなかったぞ」
「うふふ……本当は兄弟じゃなくてもっと近しくなりたいのだけど、今日のところはそれで我慢してあげる」
精霊族、ウンディーネのフレデリカ。
「アルカはちょびっとだけにしておこうな?」
「これでアルカもみんなのお仲間だー!」
悪魔族、メフィストのアルカ。
「……黙ってこんなこと計画していてすんませんでした」
「本当です。……次はちゃんと事前に説明してくださいね」
そして悪魔族、サキュバスのセリス。
最後に自分の杯に酒を注いだ。
人間族、クロムウェル・シューマン……いや、魔王軍指揮官、クロ。
種族も性格も性別も年齢もまるでバラバラだが、そんなの関係ねぇ。別に長い間一緒にいたわけでもねぇ。こんなんで盃交わすとか頭おかしいだろって思われても、俺はやりたいようにやるって決めたんだ。
盃を天高く掲げる。
「今日から俺達は……兄弟だっ!!!!」
「「「「「乾杯っ!!!」」」」」
全員が一気に盃を傾けた。俺は自分を囲う奴らを見ながら、思わず笑みがこぼれる。魔族領に来た当初は、こんな仲間ができるなんて夢にも思っていなかったのにな。
この日、俺はかけがえのない五人の兄弟を得た。





