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3.戦うメイドは大体生活用品を武器にする

 幹部会当日、いつもと同じように朝を迎えるが、城の雰囲気はいつもとはまるで違っていた。嵐の前の静けさと張り詰めるような緊張感に包まれた城内は、一筋縄ではいかない者達を、今か今かと待ちわびているようであった。


 とまぁ、それっぽいことを言ってみたけど、ぶっちゃけいつもとそれほど変わりはないです。特に俺、マジ平常運転。

 恒例となりつつあるアルカとの朝の稽古。昨日浮き彫りになった問題点『アルカ!慢心王への道』をなんとかしなけりゃならんのだが……。


「なんでお前がいんの?」


 俺が目の前でビクビクと身体を震わせているマキに声をかける。いつも通り朝ご飯を食べてセリスとアルカと中庭に出たら、なぜかこいつがスタンバっていた。


「今日は指揮官様に稽古をつけていただけると聞いてやってきました」


 マキが涙目になりながら俺に告げる。稽古……なんで俺がマキに稽古をつけてやるんだ?


「あー!!パパもう忘れてる!!マキちゃんにお礼がしたいって言ってたじゃん!」


 俺が首をかしげているとアルカがふくれっ面で教えてくれた。お礼お礼……あー、こいつが俺につけたふざけたあだ名のお礼ね。そうかそうか……。

 俺がニヤリと笑みを浮かべると、マキはびくっと震えながら後ずさりをした。


「自らやって来るとは良い心がけだな」


「だって行かないと給料に……」


「何か言ったか?」


「何も言っていません!」


 マキがビシッと背筋を伸ばす。ふむふむ、なかなか気合が入っているじゃないか。背中にある羽も心なしかピクピクと元気に動いている気がする……って、羽?


「つーか、今更なんだけどさ。お前の種族って何なの?」


 なんか成り行きで俺達の世話をしてくれるようになっていたから気にしたことなかったな。見た目も人間に近いし、一緒にいて違和感が全然なかった。


「あれ?言ってませんでしたっけ?あたしは悪魔族のエリゴールです!」


 えっ、そうなの?全然そんな風に見えないんだけど。


「エリゴールってツノ生えってなかったっけ?」


 俺はエリゴールの頭を思い出す。人間との明確な違いを示すかのように、立派なツノが二本も生えていた。


「あぁ、邪魔だから折っちゃいました!」


「折った?」


「はい!エリゴールにとってツノは強さの象徴なんですが、メイドのあたしには必要ないものなんで!なんか可愛くないし」


 そんなアクセサリー感覚でいいのか、強さの象徴よ。……まぁ、マキに鋭利なツノが生えてたら生えてたで違和感バリバリだが。


「なるほどな。道理で人間に近いわけだ。羽も生えてるし」


「そうです!だからあたしはセリス様の部下になるわけですよ!」


 マキはセリスに視線を向け、自信満々な顔で羽を大きく広げた。……ん?自分で言っておきながら、なんかおかしいぞ?俺はマキの背中にある羽をを見ながら首をかしげる。


「ってか、マキに羽なんか生えてたっけ?」


「普段は邪魔ですから服の下に無理やり押し込んでいるんです!でも、今日は身体を動かすからばっちり出しているんですよ!」


 そうだよな。結構会ってるのに羽があることに気がつかないなんて流石にないわな。

 つーか、エリゴールか。あいつらは近接戦闘に長けた種族だから、マキも実は実力者なのかもしれない。魔王城のメイドになるくらいだからな。


 だがマキよ、お前は何の稽古をつけてもらいに来たんだ?俺の目がおかしくなかったら、お前が背中に背負っているのはモップと箒で、両手に持っているのはフライパンに見えるんだが?


「……まっいっか。とりあえず始めるぞ。かかってこい」


「いきます!!やぁぁぁぁ!!!!」


 トテトテトテ……。そんな効果音で表せそうな感じでこちらに向かってくるマキに、試しに初級魔法(シングル)を撃ってみる。まぁ最初は様子見で。


「“空気砲(エアーショット)”」


「ふんぎゃっ!きゅ~……」


 ビー玉くらいの空気の玉がマキのおでこにクリーンヒット。そのままへなへなと地面に倒れこんだ。よっし、俺の勝ちだな。

 って弱ぇぇぇぇよ!!弱すぎんだろ!!でこぴん並みの威力だぞ!!おでこに当たったからもろでこぴんだよ!!


 俺が顔を引き攣らせていると、目に涙をためたマキが、おでこを押さえながら俺を睨みつけてきた。


「指揮官様ひどいです!!普通は手加減するもんじゃないんですか!?」


 はい。手加減しました。これでもかっていうくらい。こりゃ稽古をつけるなんて夢のまた夢だな。


「悪かったよ、今度は魔法を使わないから」


「本当ですよ!!まったく、こんないたいけな少女に本気出すなんて大人げない……」


 今のが本気に見えるのなら一度シルフに診てもらえ。俺が呆れ顔で構えると、マキは不服そうな顔でまだブツブツと呟いていた。


「これだから鈍感無神経朴念仁は……」


「なるほど……本気で相手をしてもらいたいみたいだな」


「嘘です!マキ、行きまーす!!」


 ドタドタドタ……。今度はさっきよりも投げやりな感じで走ってきやがった。そしてフライパンを俺めがけて…………めがけて……振り……振り下ろ……振り下ろすってなげぇよ!!なんで振りかぶってからそんなに時間がかかってんだよ!

 ノロノロと振るわれる二つのフライパンを俺は無表情で躱し続ける。いや躱し続けるとか言ってるけど、少しだけ右にずれたりすれば、マキが勝手に空振りするからね。しかも、勢いを抑えきれずにそのまま転ぶからね。


 五分ほどフライパンエクササイズ(?)をやらせたところで、俺はマキのおでこを指で弾いた。今度は正真正銘のでこぴん。マキはニ、三回後ろに回転するとそのまま地面に突っ伏して動かなくなった。


「はぁ……もう無理……はぁはぁ……指揮官様……機敏すぎ……」


「お前がとろいだけだ」


 汗だくで倒れているマキに俺が冷たく言い放つ。とろいっていうか、お前今までよく給仕の仕事やってこれたな。普通に仕事に支障が出るくらいにやばいだろ。


 そんなマキの下にアルカが駆け寄る。そして、マキが立つ手助けをすると、アルカは俺に怖い顔を向けてきた。


「パパひどい!なんでこんなことするの!?」


「アルカ……」


 マキがアルカの優しさに触れ、ほろりと涙を流しながらアルカの肩に顔を寄せた。あー、マキ?お前が思っている優しさとはちょっと違うと思うぞ?


「なんでそんなに手を抜いてるの!?マキちゃんが可哀想だよ!!」


「えっ?」


 マキの目が点になる。ほーら言わんこっちゃない。さて、今度はもう少しちゃんとやっている振りをしないとアルカの機嫌が───。


「もうパパには頼まない!マキちゃんはアルカと稽古する!」


「「はっ?」」


 俺と、少し後ろで見ていたセリスが見事にハモる。いやいやいやまてまてまて。それはあかん。どう考えてもあかん。


「マキちゃん!一緒にやろう!」


「ア、アルカと?まぁ、指揮官様とやるよりはマシかな?」


 お前は馬鹿なのか?いいや大馬鹿だ。アルカとやって、どんくさいお前が生きていられるわけないだろ。二秒でこの世からおさらばだ。


「ア、アルカ!今日はママと稽古をしましょう!!」


 セリスが慌ててアルカのもとに走って行く。セリスも状況のまずさが分かっているのだろう、笑顔だがその顔は必死だ。


「えー!アルカはマキちゃんとやりたいなぁ」


「あたしもアルカがいいかなぁ……なんちって!」


 なんちって!じゃねぇんだよ!!お前は今、生命の危機に瀕してるんだぞ!?なぜそれが分からない!?


「アルカ……今日はパパがマキさんにお礼をする日ですよ?だから、今日はパパに譲ってあげてくださいませんか?」


 セリスが優しい口調でアルカに笑顔(真顔)を向けた。その言葉を聞いて少し考えていたアルカであったが、セリスの顔を見て笑顔で頷く。


「わかった!アルカはママと稽古する!!」


「いい子ですね」


 セリスは心底ほっとしたようにアルカの頭を撫でた。俺は不満そうな表情を浮かべているマキの首根っこを掴み、中庭の隅へと連れていく。


「ちぇー。アルカなら楽できると思ったのに」


「本当にお前は愚かすぎて何にも言えねぇよ……」


 俺が頭を抱えていると、マキがニヤニヤ笑いながら上目遣いでこちらを見てきた。


「まぁ?そこまでして指揮官様があたしと稽古をしたいっていうなら、やぶさかではないですねぇ」


 俺は無言で手刀を叩き込む。ごめん、なんかイラっとしたわ。


「な、なにすんですか!?」


「俺だけじゃなくて、セリスも必死に止めていただろうが」


「そういえばそうですねぇ……なんでですかね?」


 マキが不思議そうな顔でこちらを見てくる。……言葉で説明できるもんじゃねぇな。


「とにかく俺とセリスは命の恩人だからな。感謝しろよ」


「命の恩人ってそんな大げさな───」


 ドォーン!バゴーン!


 突如中庭に響き渡る衝撃音。俺とマキが音のする方に目を向けると、アルカとセリスの稽古が始まったところであった。


 この二人の稽古は単純明快。アルカが瞬時に魔法陣を構築し魔法を撃ちまくる。そして、セリスは魔力障壁を張りそれに耐え続けるだけ


 一歩間違えればセリスの身が危険ではあるが、幹部の名は伊達ではない。確かにアルカの魔法は連射速度こそ恐ろしいが、威力自体は所詮は上級魔法(トリプル)。アルカの稽古に付き合い、技術がどんどん上がっているセリスの魔力障壁を貫通する術はない。……まぁ、最近はアルカの組成する一つ一つの魔法陣の大きさが大きくなってきているせいで、喰らい続けるとヒビが入っていたりするが。


「……とまぁ、こんな具合だ」


 俺は何食わぬ顔で放心状態のマキに声をかける。


「何か言いたいことは?」


「…………命を救っていただき、本当に感謝しています」


 マキが二人の攻防を見ながらげっそりとした表情で言った。うんうん、素直なことはいいことだと思うぞ。


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