5.熱戦
レックス君、ターンエンドです!
マジックアカデミア、第一闘技場。以前、俺がディエゴ・マルティーニと戦った場所。
学園の中にある闘技場の中では最も広い場所で、特別なイベント以外でここ戦いの場として指定できるのは、十席の名を冠する者達だけだ。
俺は一人闘技場に立ち、対戦相手を待つ。せっかくエルザ先輩と戦えるっていうのに、全くと言っていいほど集中していないな。
俺は自分に対して舌打ちをしながら、生徒達で埋め尽くされた観客席に目を向けた。第二席と第三席、学園の頂点を決する大一番なだけあって、これから始まる戦いに期待しているようだ。
一番前の席にはシンシアもいる。だが、その隣にいるはずの青髪ボブカットの少女の姿はなかった。
やはりと言うべきか何というか。
いや、たまたま今日は体調が悪いだけかもしれない。シンシアとは違う席にいるのかもしれない。
マリアがいない言い訳を必死に自分で考える。そんな事をあり得ないって一番俺がわかっているというのに。
俺がぼーっと観客席を眺めていると、騒がしかった闘技場内が一瞬にして静かになった。俺はこうなった原因に目を向ける。
そこには純白の鎧に身を包んだ美しい女性の姿があった。俺も、観客席にいる生徒達も、誰もがその姿に見惚れる。だが、その黒髪の女性が携えているのは美しさだけではなかった。
「待たせたな」
凛と線の通った声でエルザ先輩が告げる。その身体からは圧倒的な威厳と、抑えきれない闘争本能が溢れ出していた。
エルザ先輩は腰にさした騎士剣を抜くと、射抜くような視線を向けてくる。
「お前が相手というわけで、今回は本気で戦えそうだ」
「……それがエルザ先輩の本気ってわけですか?」
「そういうことだ」
俺の言葉に答えると、エルザ先輩は剣の柄をぎゅっと握りしめた。
これは本腰入れないとまずいな。明らかに纏う空気が今までの相手とは違う。俺は目を閉じ、ゆっくりと息を吐くと、冒険者ギルドで購入した安物の剣を構えた。
「得物を使うなんて珍しいな」
「エルザ先輩用に一応用意しておきました。もっとも、エルザ先輩のとは質が違いすぎますけどね」
「当然だ。この鎧と騎士剣は父上から譲り受けた一品だからな」
少し誇らしげにエルザ先輩が語る。この人は本当に騎士団長である父親を尊敬しているんだな。そんな父親から授かったモノを持ってきたという事は、掛け値無しの本気ってわけだ。
頭の中からマリアの事が消える。そんな事は後で悩めばいい。今は目の前にいる強者の事だけ考えろ。
俺の顔つきが変わったのを見てとった監督役の教師が、静かに二人の間へと割って入ってきた。
「正々堂々立ち会うように」
俺と先輩が首を縦に振ってそれに答える。だが、視線だけは一瞬たりとも相手から離さない。
「では第三席レックス・アルベールと、第二席エルザ・グリンウェルのランク戦…………はじめっ!!」
✳︎
二人の戦いを、私は観客席の一番上でひっそりと観戦していた。
やっぱり、二人は凄いな。
まだ、戦いだしたばかりだというのに、この場に居る人達を残らず魅了しちゃった。二人は自分の思うままに戦っているだけなのに、本当に持っている人達は違うな。
今、二人は闘技場の中心で互いの武器をぶつけ合っていた。
エルザ先輩が持つのは鎧と同じ、真っ白な刀身の長い騎士剣。光を反射してキラキラ光るその剣は先輩と同じでとても綺麗だった。
アルベール君の方はどこにでもあるような剣。城の騎士の人達が練習用に使っているようなそれに魔法陣によって炎を纏わせ、先輩の騎士剣に対抗している。
息詰まる剣戟。互いに相手を斬りふせることしか頭にないように、手加減など微塵も感じない。
アルベール君の荒々しくも勢いのある剣を、エルザ先輩がお手本のような綺麗な剣技で受け流していた。
二人は剣を振るいながら、魔法陣を構築する。学校では習わないような技術、一体いつ学んだんだろう。それとも才能なのかな?……だとしたら、少しだけ羨ましい。
私は初級魔法の魔法陣を組むだけで精一杯なのに、あんなにも容易く中級魔法や上級魔法の魔法陣が作れるなんて。
今までのランク戦が学生の戯れと思えるほど凄まじい戦いを前に、私の心はひどく落ち着いていた。
自分がどんなに努力しても、あの二人には届かないんだろうな。私とあの人達は違う。
私は二人の勇姿をしっかりと目に焼き付ける。もう二度と見れないかもしれないから……いや、かもしれないじゃないね。もう二度と見れないから。
私は一足先に会いに行くよ。
生きて帰れるなんて思ってない。無謀だなんてわかってる。
でも、私は知りたいの。
どんな風にあの人と戦ったのか、どんな形であの人にトドメを刺したのか、どんな思いであの人を殺したのか。
相手は魔王なんだから、何も考えてないかもしれない。……私達が虫を殺す時と同じみたいにね。
さて、と。あまり遅くなると学園を出るところを誰かに見られちゃうね。全員の視線が集中するこの試合を、わざわざ待っていたんだから。
私は闘技場に立つ二人に頭を下げると、迷いのない足取りで闘技場を後にした。
✳︎
エルザ先輩の剣に押された俺は、地面を滑りながら体勢を整える。だが、そんなを暇を与えまい、とエルザ先輩が猛然とこちらに突進してきた。
まったく、どうなっているんだこの人は。
俺は上級身体強化で先輩は中級身体強化だっていうのに、その動きはまったく引けを取らない。いや、これは俺の方が圧倒されているだろ。
「はぁぁぁぁ!!!」
先輩が振り下ろしてくる剣を、炎を付与した剣で受ける。その瞬間、鳴り響く雷鳴。
これが俺を圧倒している理由。
先輩は魔法陣で発生させた雷を自身にまとってやがる。そのせいで筋力も速度も大幅に強化されてんだよ。
あろうことか、俺と同じで武器にまで雷を付けてるから、少しでも切られたら痺れるってレベルじゃないぞ。
流石は"雷帝"と呼ばれるだけはある。
クロムウェルが雷属性の魔法陣を使っているのは見たことあるが、それ以外で目にしたのは初めてだ。雷属性は威力が高い代わりに、その魔法陣は複雑で扱いも難しいんだよ。
「どうしたレックス!受けているだけじゃ私には勝てんぞ!」
エルザ先輩が叫びながら猛攻を仕掛けてきた。綺麗な顔をそんなにもギラつかせないでくださいよ、先輩。
「そんな好戦的だと学園にいるあなたのファンが減っちゃいますよ」
「知らんな。まったく興味がない」
まぁ、そうだろうな。っと、そんな軽口叩いてる場合じゃない。俺は先輩の剣を紙一重で躱しながら上級魔法の魔法陣を構築する。
「"渦巻く暴風"!!」
「甘いっ!!」
エルザ先輩は地面を蹴り、後ろに下がると剣の上に上級魔法の魔法陣を組成した。
「"雷光一閃"」
先輩の持つ騎士剣の先から雷の刃が伸び、俺が生み出した竜巻を真っ二つにする。だが、その行動は読み通りだ。
先輩が竜巻を相手している間に、俺は最上級魔法の魔法陣を構築していた。それを見た先輩が大きく目を見開く。
「"顕現せし炎の巨人"」
ディエゴ戦でも召喚した炎の魔人。こちらを狙っていた雷の刃を、その腕で叩き潰す。
「くっ……!!」
先輩は一旦距離を取ると、中級魔法を唱えた。
「"電気の人形」
唱えたはずなのだが、変わった事は何一つない。先輩は一つ笑うと、真っ直ぐにイフリートに突進していった。
まさか、なんの策も無しで突っ込んでくるわけがない。エルザ先輩なら何かあるはずだ。
俺が必死に頭を巡らせていると、イフリートは目の前に走ってきた敵に向けて無慈悲に拳を叩きつける。
それをまともに受けた先輩は雷鳴と共にその場に霧散した。
「消えた?……まさかっ!?」
俺が慌てて目を向けると、そこには巨大な魔法陣を携えたエルザ先輩が不敵な笑みを浮かべていた。
「最上級魔法がお前の専売特許だと思うな」
かざした手の前に組成されたのは、間違いなく四つ重ねられた魔法陣。
「ま、まずい!イフリート!!」
俺の声に反応したイフリートが先輩に向かっていく。炎の巨人が迫り来るというのに、先輩には一切の焦りはない。
「"雷神の一撃"!!」
魔法陣から迸る雷が鎚の如く固まっていき、イフリートの巨体に叩きつけられた。
凄まじい轟音が闘技場内に響き渡る。最上級魔法のぶつかり合いによって生じる衝撃で、俺も先輩もその場に踏ん張ることしかできない。
イフリートは一瞬身体を燃え上がらせると、跡形もなく消え去った。
まさか……俺の最上級魔法が破られるなんて。
「……お得意の魔法も相殺してやったぞ」
エルザ先輩が騎士剣を下に向けながら、驚いている俺の方にゆっくりと近づいてくる。その身体からはバチバチと雷が弾け、すでに臨戦態勢のようだ。
「万策尽きたか?」
楽しげに告げる先輩。本当に先輩には驚かされてばっかりだな。
俺は何も言わずに上級身体強化を解く。それを見たエルザ先輩が眉をひそめた。
「なんだ?降伏のつもりか?」
「まさか。……俺はあいつ以外の人間に負けるつもりはないです」
「あいつ……?」
一応、ディエゴにも負けているけどあれはノーカンの方向で。
俺は自分の中にある魔力を最大限に高めた。そして魔法陣を四重にして自分の身体に組み込む。
「なにっ!?最上級身体強化だとっ!?」
驚愕している先輩に、俺は自分の剣を向けた。
「行きますよ」
「っ!?」
先程までとは段違いのスピード。先輩も懸命に対応しようとするが、いくら雷で強化しようと、中級身体強化で太刀打ちできるわけがない。
俺は先輩の手から騎士剣を弾き飛ばすと、その首元に容赦なく剣を突きつけた。
「……終わりです」
先輩は呆気にとられているようだった。いや、先輩だけじゃない。この場にいる全員がぽかんとした表情でこちらを見ている。
「……まさかこの私が手を抜かれているとはな」
「そんなことないですよ。最上級身体強化はまだ使いこなせてないですから。これを使ったのは賭けでした」
俺が剣を引きながら告げると、先輩は力なく笑った。
「まったく、お前という奴は……つくづく規格外だな」
「俺なんてあいつに比べれば大したことないですよ」
「……さっきも言っていたな。あいつとは誰のことだ?」
「……そのうち話しますよ」
俺は先輩に手を貸しながら曖昧な笑みを浮かべる。あのバカの話をするのは、また次の機会にしてもいいだろ。今日はもう疲れたからな。
こうして、エルザ先輩に認められた俺は、第一席という学園トップの座についた。
だけどまだだ。まだ全然足りない。
あの魔王は倒すにはこの程度で満足していられない。
少なくとも、人間の世界で一番くらいにならないと話にならないよな。
俺にそこまでの実力があるか定かじゃないけど、もうやるしかないんだよ。
そんな決意を固めた俺だったが、マリアが人知れず学園から姿を消したことは、まだ知らずにいた。





