4.予感
俺が高台につくと、いつものようにマリアは慰霊碑に向かって語りかけていた。やっぱりここにいたか。
俺は驚かさないように、ゆっくりとマリアに近づき、声をかけた。
「マリア」
「きゃっ!?」
マリアはその場で飛び上がると、慌ててこちらに目を向ける。
「な、なんだ、アルベール君か……。もうっ!驚かさないでっていつも言ってるのに!」
「悪い悪い」
そのためにゆっくり近づいたんだけどな。でもまぁ、恥ずかしがってるマリアは可愛かったので、これはこれで良しとする。
「今日もクロムウェルに報告か?」
「そうだよー。親友のカッコいい姿はクロムウェル君も知りたいと思うから」
カッコいい、か。他の人から言われるのと、マリアから言われるのだと全然違うんだな。もうすっぱり諦めた気でいたが……なんとも女々しい自分に嫌気がさしてくるぜ。
「あいつは俺のカッコいいとこなんて見たくないだろうよ」
照れ隠しと、若干の意趣返しを含めて俺が言うと、マリアが楽しげに笑った。
「そうかもしれないね。クロムウェル君はアルベール君の試合は見なさそう」
「あいつならきっとこう言うだろうな。『お前は勝って当然、そんなの見てておもんない』ってな」
「あはは!ちょっと言い方似てるね!」
「だろ?伊達に長い付き合いじゃねぇからな」
あいつの喋り方とか、仕草とか、癖とか、覚えたくなくても覚えてんだよ。この学園に来るまでは四六時中、村で一緒に悪さをしてたもんな。ここに来てからは……たまにあいつの部屋に顔出すくらいだっかな。
あいつがいなくなってから、ずっと考えていることがある。
もし、俺がわがまま言わずに一人で学園に入学していたら、こんな事にはならなかったんじゃなかったかって。
あいつはのんびり村で暮らして、魔王なんかと出会うこともなかったんじゃなかったかって。
仮定の話をいくらした所で、なんにもならない事はわかってる。
でも、どうしても自分を責めたくなるんだ。あいつを一人残した事、あいつに頼りきりだった事、あいつと一緒に戦えなかった事。
あの場で俺も戦いに加われば、何か変わっただろうか?
恐らくなにも変わらなかっただろうな。
なぜなら…………俺は弱いから。
「……後悔してる、って顔してるよ」
慰霊碑を見ながら、ぼんやりそんな事を考えていた俺に、マリアが気遣うような眼差しを向けていた。
「そんな顔していたか?」
「……アルベール君は悪くないよ。あの時は、ああするしかなかったんだから」
マリアが俺から視線を外し、足に刻まれた名前を見つめる。
「悪いのは魔王だよ」
えらく無機質な声だった。でも、無駄に声を荒げるよりも、心の底から怒りを感じている事が痛いほど伝わり、俺は思わず口を閉ざす。
マリアはゆっくりと慰霊碑に手を伸ばし、思い人の名前を人差し指でなぞると、少しだけ口角を上げた。
「……ねぇ?聞いてもいいかな?」
「なに?」
「今のアルベール君とクロムウェル君はどっちが強いかな?」
「クロムウェルだな」
「……迷わず即答するんだね」
マリアが困ったようにはにかんだ。そんなの比べるまでもない。
確かに俺は前よりは強くなった。自慢じゃないが、俺の成長速度は他とは全然違うらしい。訓練場に篭るたびに確実に強くなっている事が実感できた。
だが、自分の力が上がれば上がるほど、クロムウェル・シューマンという男が、いかに理不尽な存在だったかを思い知らされる。
剣技も体術も俺の方が上だったが、魔法陣に関してはあいつを超えられる気が全くしない。よくあいつは俺の事を天才だと言っていたが、あいつも紛れもなく天才だった。
「でも、アルベール君は学園のすごい人達相手に、無傷で勝利してるよ?」
「クロムウェルだったら、そもそも傷を負う状況にならない。相手が魔法陣を描き終える前に、試合が終わるだろうからな」
あいつの魔法陣の構築速度は異常だ。魔法陣を描くのではなく、完成した物をそこに生み出しているとしか思えない。上級魔法までなら、ノータイムで組成できたからな、あいつ。
「やっぱり、クロムウェル君はすごい人だったんだな」
マリアが、まるで自分が褒められているかのように嬉しそうに笑う。俺の心境は悔しさ半分、誇らしさ半分って感じだな。……もう少し悔しいの比率が多いかもしれないけど。
「……そんなクロムウェル君に勝っちゃうなんて、一体魔王はどれほど強いんだろう」
何気なく囁かれた言葉は、俺の頭の片隅にずっと居座っていたモノだった。
クロムウェルの強さは本物だ。今代の勇者よりも、その実力は恐らく上だろう。人間の世界で一番強い奴が勇者になるというのに、デタラメな奴もいたもんだ。
そんなデタラメな奴だからこそ、誰かに負けるなんて夢にも思わなかった。そいつを超えるべく、努力していたっていうのにな。
だが、あいつは負けた。俺は未だに信じられない思いでいる。
俺がそんな事を考えていると、屈んで慰霊碑を見ていたマリアが静かに立ち上がった。そして俺の方を向いて、晴れやかな笑顔を向ける。
「でも、悩んでいる暇なんかないよね」
突然だが、俺には第六感というものがあるらしい。言葉では説明できないが、いい事でも悪いことでも何かが起きる前は、必ずと言っていいほど胸がざわついた。
クロムウェルの両親が殺された時もそうだ。小さい頃の記憶なんてほとんど覚えていないが、あの時感じた胸の疼きは今も覚えている。
なぜ、急にこんな話をしたのか、マリアの笑顔を見た瞬間、その疼きが生じたからだ。
「……私はそろそろ戻るね」
疼きの正体なんて知ったこっちゃない。ただ俺は、去っていくマリアを呼び止めずにはいられなかった。
「マリアっ!!」
マリアは俺の声に反応して足を止めたが、こちらには顔を向けない。
「お前、まさか」
「明日、エルザ先輩と戦うんだよね」
マリアが俺の言葉に自分の言葉を重ねる。
「二人とも頑張ってね!ちゃんと応援しているから」
「…………」
俺は話し方を忘れたみたいに、言葉を返すことができない。「明日、見にくるよな?」っていう簡単な言葉が、なぜか喉から上にあがってこなかった。
「じゃあ……行くね?」
「……おう」
なんでだ。なんで言葉が出てこない。離れて行く背中を追いかけたいのに、足の裏に吸盤がついてしまったようだ。
「アルベール君!!」
もう殆ど見えないほど離れた所でこちらに振り返ったマリアが、大きな声で俺の名前を呼んだ。
俺が口を開きかけたところで、マリアがさらに言葉を告げる。
「……さようならっ!!」
……それは、また明日って解釈でいいんだよな?
学園に戻っていくマリアを見ながら、俺は呆然とそんな事を考えていた。





