3.帰宅
「勝者!レックス・アルベール!!」
最近聞き慣れた言葉が俺の耳に届く。俺は膝をついている対戦相手の男に近づくと、そっと手を差し伸べた。
相手は一つ上の先輩なのだが、やはり第三席ともなれば、かなり実力者であることは間違いなかった。第一席が不在の今、実力的には学園のナンバー2なんだ、それも当然だろう。
第三席は水属性と氷属性の使い手だった。基本属性よりも高度な氷属性の魔法陣をいとも容易く展開し、最上級魔法は使えなかったにしろ、上級魔法とは思えない構築速度で、俺に攻め入る隙を与えないようにしていた。
最終的に身体強化を使ってのゴリ押しみたいな形になったが、なんとか勝利を収めることができた。
対戦相手の男はフッ、と笑いながら俺の手を握る。
「まさかこれほどまで強いとはな。俺が土をつけられたのは、エルザ以外にお前が初めてだ」
「先輩の魔法には苦しめられました」
「お世辞はよせ。お前は今回も傷一つ負っていないじゃないか」
先輩が涼しい顔で告げる。嫌味で言っているわけではないところに好感がもてるな。
確かに先輩の言う通り、俺の身体は対戦が始まる前とほとんど変わらないほど綺麗なままだった。今回の試合では相手の攻撃を受けていない、いや、これまでのランク戦で俺は一度たりとも傷を負っていない。
「……お前ならエルザに勝てるかもな。挑戦するんだろ?」
「そのつもりです」
「……頑張れよ」
先輩はそう言うと、第三席の証である赤い腕章を俺に渡し、そのまま闘技場を後にした。
俺は先輩から託された腕章を握りしめ、控え室へと戻っていく。
控え室のベンチに座り、俺はこれまでの対戦を振り返っていた。
ノンストップで試合を組んできたと思ったが、一ヶ月以上かかっちまったな。
流石は勇者を育成するマジックアカデミアなだけあって、十席の連中は強かった。みんな三年生だったけど、クラスメイトと比べても一年でこれほどまでに差がつくのかよ、って驚いたほどだったし。全員が自分だけの武器みたいなもんがあったな。やっぱり、一芸に秀でる者は強いってこった。
だが、それでも。
俺はベンチから立ち上がり、控え室の扉に手をかけた。
今まで戦った十席が束になったところで、俺の親友には勝てないな。
俺は呆れたように小さく笑うと、控え室の扉を開けて外に出る。
「随分遅かったではないか。勝利の余韻に浸っていたか?」
扉の先にいたのは、相変わらず凛とした佇まいのエルザ先輩だった。試合が終わってからずっと待ってたのか、少し不機嫌そうな顔をしている。
「エルザ先輩……待っててくれたんすか?」
「お前が約束を守ったんでな。私も責務を果たしに来た」
自分以外の十席を一人残らず倒すこと、それがエルザ先輩と戦うための条件だった。それを達成した瞬間俺の所に来るとは、本当に律儀な人だよ。
「レックス・アルベール。第二席、エルザ・グリンウェルが貴様にランク戦を申し込む。……一応、聞いておくが、異議はあるか?」
「いや、ありません。その試合お受けします」
「そうか」
エルザ先輩はあっさりと頷くと、俺の身体をまじまじと観察した。
「お前は消耗……しているようには見えないが、万全を期して今日一日休むとして、明日の放課後でどうだ?」
「それで構いません。胸を借りるつもりで戦いますよ」
「どの口で言っているのか……楽しみにしているぞ」
ニヤリと笑みを浮かべると、エルザ先輩はそそくさとどこかへ歩いて行った。
本当に楽しみにしてるんだな。後ろ姿でスキップしそうなくらいウキウキしているのがわかるし。まぁ、俺も人の事言えないか。
エルザ先輩は名実ともに学園のトップだ。魔法陣のレベルの高さもさることながら、その心持ちが他とは一線を画している。
休日に騎士団長の父親のコネで、騎士団に混じって鍛錬しているだけはある。エルザ先輩からは敵を倒す覚悟みたいなもんを感じるからな。この学園でそれを持っているのは、俺とエルザ先輩と……マリアだけだ。
そんな先輩と戦えるんだ、俺の心がこんなにも高鳴っても仕方がないことだろ。
明日に向けて訓練場へと向かおうとした俺だったが、後ろから名前を呼ばれ、その場で振り返る。誰かと思えば、廊下の先からフローラとシンシアがこちらに駆け寄って来る姿があった。
「お疲れ様!今日も完勝だったね!」
「相手は第三席なのに……本当に凄かったです!」
フローラが笑顔で俺に拳を向け、シンシアが興奮した面持ちで頬を紅潮させている。
「ありがとう。いつもお前らが応援してくれてるから頑張れるよ」
俺はフローラの拳に自分の拳をぶつけながら笑いかけた。
「あっ、いやっ、その……友達として当然というか……」
「……そこまでストレートに言われると、照れますね。それにその笑顔を反則です……」
二人ともなぜか顔を真っ赤にさせ、俯いてしまった。なんだ?なんか恥ずかしいことでもあったのか?見た感じ、特に何もないみたいなんだけど。
「つ、次はエルザ先輩と戦うんでしょ?ランク戦の予定はいつなの?」
「あー……明日だ。さっきエルザ先輩から直々に試合を申し込まれた」
「明日……」
「随分急なんですね」
二人が目を丸くしている。確かに早いと思うけど、エルザ先輩の事を考えたらこれでも猶予がある方だ。あの戦闘狂の先輩だったら今すぐ、って可能性もあったからな。っていうかそう来ると思ってた。
「……まっ、明日でも明後日でも、エルザ先輩とレックスの試合は見れないんだけどね」
フローラが残念そうな肩を落とす。
「見れない?なんでだ?都合でも悪いのか?」
「フローラさんは実家から呼び出しを受けたそうです」
状況がわからない俺に、シンシアが説明してくれた。フローラの実家……って事は兄貴関係か?
「なんか兄さんの事で話があるらしいんだよね。本当はそんなことで帰りたくないんだけど、使者の人の話を聞いてる限り、結構やばそうな雰囲気だったから流石に断れなくて……」
やっぱりそうか。フローラの兄貴はなんていうか……自由で気難しい人だからな。
「フローラさんの実家って結構遠いですもんね」
「そうなのよ……あー!もう!!転移魔法が使えれば、ぱぱっと行って帰ってこれるのに!!」
流石に学生の身分で転移魔法は難しいな。あんなのポンポン使える奴を、俺は一人しか知らない。
「とにかく!実際には試合を見れないけど、しっかりやりなさいよ!レックスの事もエルザ先輩の事も応援してるんだから!」
「あぁ。全力は尽くすつもりだよ」
「……という事は、明日は私とマリアさんだけで応援するんですね。いつも四人で応援していたんで、ちょっと寂しいです」
シンシアが残念そうにまつ毛を落とした。そんなシンシアの肩をフローラが笑顔で叩く。
「シンシアとマリアはあたしが帰ってきたら詳細を話せるように、しっかりと観戦しときなさいよ!」
「……そうですね!フローラさんの分までお二人を応援しないとダメですね!」
元気を取り戻したシンシアが握りこぶしを天高くかざす。そこまで気合い入れて応援しなくてもいい気がするが、それでも嬉しい事には変わりない。
「二人ともサンキューな。……そういやマリアはどうした?」
「あの子は試合が終わると同時にふらーっとどこかに行っちゃったわよ?また訓練場に篭ってるんじゃない?」
試合が終わると同時……もしかしたら、あいつのところに行ったのかもしれないな。
「それより、レックスは今から訓練場に行こうとしてたんでしょ?」
「そうだったんですか!じゃあ迷惑をかけてしまいましたか?」
シンシアが申し訳なさそうな顔をしたので、俺は慌てて両手を振った。
「あぁ、いやそのつもりだったけど、別に迷惑じゃないよ。二人と話せて元気もらったし」
「そう?……邪魔になると思うからあたし達は行かないけど、悔いが残らないようにちゃんと準備しておきなさいよ!」
「明日の試合、頑張ってください」
「おう!フローラも気をつけて行ってこいよ」
「わかってるわ!じゃあ、また今度ね!」
「失礼します」
そう言うと、二人はもと来た道を戻っていき、すぐに生徒達の群れに消える。俺は少しだけ考えた後、訓練場とは違う方向へと足を進めた。





