1.条件
再びレックス君のターンです!!
マリアとエルザ先輩が激闘を繰り広げた日から二週間、俺は三年生の教室にやって来ていた。
あれから戦う事を決めた俺は、今日までずっと学校にある訓練場に引きこもり、自分を鍛え直していた。
ありがたいことに、仲のいいシンシアとフローラが俺の鍛錬に付き合ってくれたんだ。二人とも二年生の中では魔法陣の腕が飛び抜けているので、いい練習相手になってくれたな。
口では「あたし達も頑張らなきゃ!」とか言ってたけど、俺に気を遣ってくれたのはわかってる。本当、いい友達を持ったよ、俺は。
そんな中、マリアはずっと一人で魔法陣の特訓をしていた。エルザ先輩に負けてからというもの、何かが吹っ切れたのか、取り憑かれたように自分を鍛えているんだよ。
そのあまりの鬼気迫る様子に、仲良しのフローラやシンシアも声がかけられなかったみたいだし。
多分、本気で仇を取ろうとしてるんだろうな。
だがな、マリア。いくら好きな女でも、それだけは譲れないんだよ。
さて、目当ての人物は……と、いたいた。相変わらず沢山の女性をはべらしているようで羨ましい限りだな。
俺は躊躇なく教室へと入ると、グループの中心人物に声をかける。
「お久しぶりです。マルティーニ先輩」
十席の証である黒い腕章を身につけた色男、ディエゴ・マルティーニが俺を見て馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「これはこれはレックス・アルベール君。こんな所に来るとは珍しい事もあるもんだね」
相変わらず気障ったらしい言い方をする人だな。それよりも、俺に気がついた取り巻きの女の子達が黄色い声を上げているけどいいのか?
俺が苦笑いを浮かべると、それに気がついたディエゴは不機嫌そうに「……行け」と一言だけ取り巻きに告げる。
女の子達は名残惜しそうに俺の方を見ていたが、素直にディエゴの言葉に従い、そそくさとか教室から出て行った。残ったのは俺とディエゴの二人だけ。
「これで邪魔者はいなくなったよ……さて、用件を聞こうか?」
とってつけたような笑みを浮かべながら、ディエゴが俺に尋ねかけて来る。正直、こういう手合いは苦手だから、極力関わり合いにはなりたくないんだが。まぁ、約束のためには多少我慢しなきゃならねぇ。
俺は大きく息を吐き出すと、ディエゴに対してゆっくりと頭を下げた。
「俺ともう一度戦ってください。お願いします」
俺がエルザ先輩と交わした約束。
それは、マリアと同じようにエルザ先輩に対戦を頼みに行った時のことだった。
今のお前とは戦わない。
どんな相手からの申し込みも、二つ返事で承諾していたエルザ先輩が見せた初めての拒絶。
あまりにはっきりと言われてしまい、俺は呆然としてしまった。
曰く、負けた奴に興味はないとのこと。
これは中々に手厳しい。戸惑いを隠せない俺に、エルザ先輩は対戦を受けるための条件を提示した。
それは、自分を除く他の十席に勝つ事。そうすれば本気で戦ってくれると、エルザ先輩は約束してくれた。
そんなわけで、俺は手始めに第十席の座につくディエゴの所にやって来たのだ。
真摯に頭を下げる俺に、ディエゴは品定めをするような目を向ける。
「ふーん……どういう心境の変化があったのかわからないけど、一ヶ月前あんなに無様に負けたっていうのに、まだ僕と戦おうって気になるんだね」
確かに一ヶ月前、俺はこの人に手も足も出なかった、正確には出さなかったわけだが、あの時とは状況が違う。今回は惰性で勝負を受けたのではなく、勝つために勝負を申し込んでいるんだからな。
「本来なら一度倒した相手になんか、毛ほども興味がないんだけど、面白いことを言う輩がいてね」
「面白いこと?」
俺が眉をひそめて尋ねると、ディエゴは醜悪に顔を歪めた。
「僕が君に勝ったのはまぐれだって言うんだよ。レックス・アルベールは魔族との戦いの傷が癒えてなかっただけだ、ってね。……最高にユニークな冗談だとは思わない?」
ディエゴば愉快そうに唇を歪めるが、その実、目は俺を憎んでいるようにギラギラと輝いていた。
俺がそんな事を言い出したわけじゃないし、俺に言われても困るのだが、今回はそれがいい方向に転びそうだ。
俺が何も言わずにいると、ディエゴは気に入らなさそうに鼻を鳴らし、スッと目を細めた。
「特別大サービスだ。対戦を受け入れよう。懐の広い僕に感謝するんだね」
「……ありがとうございます」
よし、なんとか対戦することができそうだ。俺は顔には出さないように、心の中でガッツポーズを決める。
「それで?いつにするんだい?」
「そうですね……マルティーニ先輩の都合に合わせますが、なるべく早くが」
「そうか、なら一時間後だ」
「へっ?」
思わず変な声を出してしまった。まさかここまで急だとは……俺にとっては願ったり叶ったりなんだが、ディエゴは本当にそれでいいのか?
「一時間もあれば、僕を馬鹿にした奴ら全員集められるからね。あの連中に目にもの見せてあげるよ!」
なるほど、そういうことか。よほどまぐれと言われたことがお気に召さなかったようだ。
まったく、プライドが高いというか、何というか。一刻も早く汚名を返上したいって感じか。まっ、そっちがいいなら俺は一向に構わない。
「わかりました。どの闘技場に行けばいいですか?」
「……せっかくだから第一闘技場にしよう!あそこは一番人が入るからね、大いに盛り上がると思うよ」
俺を倒して目立ちたいって魂胆が見え見えなんだが。ここまで来ると、もう尊敬できるレベルだな。
「一時間後に第一闘技場でですね。わかりました」
話は終わり、とばかりにさっさと歩き出した俺の背中に、ディエゴが不敵な笑みを浮かべながら話しかける。
「逃げるなよ、レックス・アルベール!どちらが本当の強者なのか、皆に分からせてやるんだからな!」
俺は何も言わずに、ディエゴのクラスを後にした。
先輩と別れた足で、俺は訓練場へと向かう。もしここにいないなら、恐らくあそこにいるだろうな。そんな事を考えていたら、一人黙々と魔法を唱えているボブカットの女の子の姿が目にとまる。
 
「……マリア」
俺が声をかけると、マリアはビクッと肩を震わせ恐る恐るこちらに振り返った。声をかけてきたのが俺だとわかると、ホッと息をつく。
「アルベール君か……脅かさないでよ、もう」
マリアがその小さな頬っぺたをぷくっと膨らませる。本当に小動物みたいな奴だな。
それでもマリアは大分変わったよ。以前は誰かの陰に隠れて、ビクビク震えているだけだったのに、今じゃこんなにも堂々としている。……まぁ、まだ少しおどおどしているところはあるけどな。
「アルベール君も魔法の練習?」
「いや、これからマルティーニ先輩とランク戦を行うから、是非マリアに見にきてもらいたくってさ」
「そうなのっ!?行く行く!見に行くよ!どの闘技場でやるの?」
思いのほか食いついてきたマリアに俺は動揺を隠せない。
「ず、随分嬉しそうだな」
「嬉しいよ。だって、これでやっとクロムウェル君に報告できるもん!」
……あぁ、そうか。
「この前は残念な報告しかできなかったけど、今回はアルベール君のかっこいいところが報告できるんでしょ?」
マリアの嬉しいことや楽しいことは、全部あいつに繋がるんだよな。
まったく……嫉妬する俺の身にもなれっていうんだよ。
「あぁ!任せとけ!今回の俺は一味違うからな!一時間後に第一闘技場でやるからよ!」
ここまではっきりしていると、笑うしかないよな。俺の笑顔に呼応するように、マリアの顔にも笑みが広がる。
「わかった!楽しみにしてるね!」
「おうよ!」
俺は手を挙げて答えながらマリアに背を向けた。後ろでは、マリアが魔法の練習を再開した気配を感じる。これも全部あいつのためなんだろうな。
こんな健気な女を残してさっさとくたばっちまうなんて、俺の親友っつーのは本当ダメな奴だよ。
 





