13.山にごみを捨てるのはやめてください
俺達は順調に森の中を進んでいた。薬草に関してはさっぱりなんで、そっちはシルフ達に任せて俺は周囲の警戒。
って言ってもワームを狩りに来た時に思ったが、ここには凶悪な魔物は全然でない。出たとしてもレッドラビットとかデビルラットとかいう小物。あんなん子供だって追い払えるレベルだからな。……まーシルフ達はビビってたみたいだけど。
「結構集まった!」
「集まりました」
「集まったねー」
「貴公のおかげでござる」
四つ子のシルフが嬉しそうに薬草を空間魔法に入れている。少しの間だが、この四つ子の性格は大体把握した。
まず長女のララ。
彼女はしっかり者でお姉さんタイプ。妹達の世話を焼きつつ俺の事を気にかけてくれる。
次に次女のリリ。
彼女は礼儀正しい子だね。ララに負担をかけないよう精一杯努力をしようとする健気な子や。四つ子の中で一番まともかな?
そして三女のルル。
完全に甘えん坊の末っ子タイプ。のんびりした性格で物事をあんまり深く考えない。多分こいつはゴブ衛門と息が合うと思う。
最後に四女のレレ……じゃない蓮十郎。
彼女は……うん、サムライ。それ以外の言葉が見つからない。
まー三者三様、この場合は四者四様っていうべきか、の性格なんだけど、結構やりやすかったりもする。
俺とシルフ達でやる事が分かれているってのもあるが、何よりシルフ達は人間に悪感情を持っていない。気になって聞いてみたら、精霊は人間に虐げられた事がないらしい。
考えてみれば当然かもな。このフローラルツリーは人間領とは一番遠くに位置する街だ。それに精霊族はここからほとんど出ることはない。出るとしたら交易のためぐらいらしいからな。
しかも、シルフを見る限り魔法陣の腕はピカイチだが戦闘に関しては完全に素人だ。魔物が出てもわーきゃー騒いで飛び回ってるだけだったし。だから、人間との戦いにも参加してないんだろうな、というかフェルが参加させないだろ、これじゃ。
それならばなぜ精霊族は魔王軍についたのか、人間が自然を蔑ろにするからだってさ。なんとも耳がいたいお話で。
適当な所で昼飯を……とはいっても今日はお弁当がないのでその辺になってる果実を食べ、午後の薬草探索に向かう。
「さて、と。午後はどこに行く?」
「指揮官様という頼り甲斐のある人がいるから、普段は怖くていけない山頂付近に行こう!」
「怖い?山頂付近に何かいるのか?」
俺が尋ねるとララはブルリと身震いをした。
「口に出すのも恐ろしい魔物だよ……」
「恐ろしいです……」
「怖いよー」
「くっ!恐怖に打ち勝つ強い心が欲しいでござる……」
うーん、そこまでの魔物か。ルルの言い方にはほとんど緊張感を感じなかったが、これは警戒して行くほうがいいかもな。
「じゃあ行ってみっか。何が出ても俺が守ってやるよ」
「きゃー!指揮官様カッコいい!」
「かっこいいです……」
「顔以外はねー」
「やはり指揮官殿は頼りになるでござる」
褒めるな褒めるな。照れんだろうが。だがルル、お前とは少し話をしなくちゃいけないみたいだな。あと、リリはぽっと頬を赤らめるのはやめようねー。多分年齢的には問題ないと思うけど、見た目的に幼い子を誑かしているみたいですげぇ嫌。
そんなこんなで山頂付近、特に魔物とも出会わなくここまで来たんだが……。
「出たよ!あいつだ!」
「きゃあ!指揮官様!」
「早く倒してー」
「これは逃げではない、戦略的撤退でござる!」
シルフ達が怯えた様に俺の背中に隠れる。いや、リリだけは俺の胸にぴとっと抱きつき、恍惚な表情を浮かべていた。だからそれやめろ。
それにしても……。
俺はシルフ達が怯える対象に目を向ける。そこにはモフモフの毛皮に包まれた体長60センチくらいのフライラクーンがいた。
「えっ……こいつ?」
「そうだよ!こいつだよ!」
ララは恐る恐る俺の背中から顔を出し、フライラクーンを見ると、慌てて顔を引っ込めた。
「こいつは空を飛ぶんだよー」
「飛行して我々を翻弄するとは…おのれ!汚いやつでござる!」
お前も空飛んでるからな。確かにフライラクーンは脇のところに膜があって滑空するように飛んだりするけど……大前提でこいつは草食だぞ?木の実やら果実やらを食べるやつなんだが、お前らに危害とか絶対加えないだろ?
シルフ達に「早く早く!」と急かされた俺は仕方なくフライラクーンに近づく。
フライラクーンはビクッと身体を震わせると、うるうるした瞳で俺を見つめてきた。あっ無理だわ、こいつ討伐できねぇわ。バカうさぎとバカネズミは牙を向けてきたから容赦なく叩き潰したが、こいつは無理だ、可愛すぎる。
とは言ってもこのままじゃシルフ達が落ち着いて薬草を取る事ができねぇな。
俺はゆっくりと手を伸ばすとフライラクーンの頭を撫でた。最初は警戒していたフライラクーンも次第に気持ち良さそうな顔をして、しまいにはお腹を上に出してきた。
「悪いな。俺達はここで薬草を取りたいんだがシルフ達が怖がっている。少しだけ巣穴にいてくれないか?」
俺がお腹をさすりながら優しい口調で語りかける。すると、フライラクーンは俺の言葉を理解したようで、その場で立ち上がり俺の手に頭を擦り付けると、どこかへと走り去っていった。
「す、すごい!あの悪魔を説得だけで!」
「指揮官様……素敵……!!」
「これで薬草探せるねー」
「いつか指揮官様の様な漢になるでござる!」
よしよし、これで解決だな。もう少しモフモフしたかったが今は仕事中だ。それはそうとリリさん?そろそろ俺の胸から離れてくれませんかね?
「よーし!じゃあ早速薬草回収だ!」
「「「はーい」」」
ララの声に返事をするとシルフ達は元気よく、約1名、名残惜しそうに俺の胸から飛んでいった。後は見張りでもしとけばいいかな?全然強そうな魔物の気配は感じないけどな。
俺がしばらくぼーっとシルフ達が薬草を集めているのを見ていると、突然右手が何かを握る感触を覚える。
「ん?ってげぇ!先輩!?」
まさかのアロンダイト先輩登場。農場でボコボコにされた以来っすね。ちーっす。
アロンダイトは相変わらずの黒一色の渋い見た目で、何も言わずにそこに佇んでいた。いや剣だから何も言わねぇのが普通だろ!と思わなくもないが、アロンダイト先輩なら喋りそうで怖い。
「あれー?なんで剣なんか持ってるの?」
そんな俺のもとに薬草を回収し終えたシルフ達が集まってきた。いやーなんで剣を持っているのかは俺にも分からん。
「この剣のことは気にしないでくれ。それより薬草は集まったのか?」
「ばっちり!この辺にしか生えていない貴重な薬草もたくさん回収したよ!」
そうかそうか。ならもうここは用無しだな。さっさとフローラルツリーに帰ろう。なんか知らんがここは暑い。
俺が立ち上がり転移の魔法陣を構築しようとした瞬間、あの懐かしい感覚に襲われる。
「……なんだよ?」
俺は右手に持つアロンダイトに目を向けた。返事はない、ただの剣のようだ。知っとるわ。
だが、アロンダイトが俺の右腕を引っ張っているのは事実だ。俺はため息を吐き、シルフ達に向き直った。
「悪い、少しだけ付き合ってもらっていいか?」
「んー?よくわからないけど僕達も散々付き合わせたんだし、全然いいよ!」
「えっ?えっ?付き合うってそんな……まだ私達は会ったばかりなのに……でも、指揮官様がそう言うんでしたら…」
「なるべく早くしてねー。もう疲れちゃったー」
「どこまでもついていくでござるよ!」
あー……あれだ。リリはまともだと思っていたけどあれは嘘だ。こいつが一番やばい。
俺は擦り寄ってくるリリを無視しながら、アロンダイトに引っ張られるままに歩き出した。
しばらく山を登っていき、辿りついたのは正真正銘の山頂。
「なんか暑い!!」
「暑いです……」
「ほえぇ……身体が溶けちゃうよー」
「心頭滅却すれば火もまた涼し……だが某はまだ修行が足りないみたいでござる」
暑いはずだよ。だってなんか下にマグマが見えるもん。
アロンダイトが連れてきたのは山の頂、火山の火口。そこから覗き込めばぐつぐつ煮えたぎる溶岩を確認することができた。
俺は右手に持つアロンダイトに目を向けた。なんでこいつはこんなところに俺を連れてきたんだ?暑いだけだろうが。溶岩見ても何の感情もわかねぇわ。…………いや待てよ?
もしかしたらこいつは解放されたがっているのかもしれない。そりゃそうだ。こいつは人間や魔族の私利私欲のままに振るわれてきたんだ。こいつの意思とは関係なしに。本当は斬りたくないのかもしれない、いや傷つけることさえ心を痛める剣なのかも。
そうか……俺はとんでもない思い違いをしていたようだ。魔剣なんて言われているから、人を斬りたくて斬りたくてうずうずしているのかと思ってたけど、本当は心の優しいやつだったんだな、お前。
男の別れに涙は不要だよな。俺はお前と離れてもたくましく生きていくって誓うからさ。お前も達者でやれよ。
というわけで、マグマのプールで泳いで来い、このクソ魔剣。
俺がポイっと投げ捨てると、そのままアロンダイトは下へと落ちていく。ふーはっはっはっは!!ざまぁみろ!!人間様を舐めるからこういうことになるんじゃボケが!!
俺が勝ち誇ったように笑いながら火口を覗き込むと、そのままアロンダイトの柄が俺の顔面に突き刺さった。
「え?ちょっと!?何してんの!?」
「し、指揮官様!?大丈夫ですか!?」
「び、びっくりしたよー!投げた剣が戻ってきたー!」
「なんと!そういう修行もあるでござるか!?」
俺はむくりと起き上がり、何食わぬ顔で隣に転がっているアロンダイトを睨みつけた。この糞野郎ぉぉぉぉぉ!!マジで溶岩の海に叩きつけてやるぜ!!!
俺は鼻血を手でぬぐい、再度アロンダイトを振り上げ火口へと臨む。その時やっと俺は違和感に気がついた。
「……つーか、なんかマグマが上がってきてね?」
やっと気がついたかバカが、そんな感じでアロンダイトが俺の手から消える。あの野郎、これを俺に教えるためにわざわざここまで連れてきたのか。
「指揮官様?」
急に真剣な表情で黙った俺を気遣って、リリが声をかけてくる。俺はそんなリリに目をやり、残りの三人にも視線を向けた。
「シルフ達、さっさとフローラルツリー戻るぞ」
「えっ?どういうこと?何があったっていうの?」
「……この山は間もなく噴火する。しかもかなり大規模な奴だ」
それだけ告げると、驚くシルフ達を無視して、俺は街に戻るため転移の魔法陣を組んだ。





