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5.機嫌を取るには好きなものが一番

 フローラルツリーは何もない平地に生えているわけではなく、当然森の中にその身を置いている。ということは、街の周りには植物が生い茂っているわけで、フレデリカの言っていた花なんかは、少し離れればいくらでも見つける事ができた。


「いやーたくさん花が咲いているなー。どの花が染物にはいいんだろー」


 ちらっ。


「それにしても材料不足かー。俺が取りに行くのは簡単だけど、それじゃ根本的な解決にならないしなー」


 ちらちらっ。


「ここに来る道中も結構魔物に襲われたしー。普通の魔族じゃ気軽に来るのは難しいかなー?」


 ちらちらちらっ。


 セリスさんの機嫌、曇りのち雨、時々大荒れ。

 ここに来る間中、セリスはずっとふくれっ面で何も話さずについてきた。正直かなりしんどい。

 今もそこにある木に寄りかかって怖い顔をしている。


「なぁ……いつまで怒ってんだ?」


「別に怒っていませんけど?」


 あっ、これやばいやつだ。俺がフェルにもらったケーキをセリスに黙って食べた事がバレた時より怒ってる。これは触らぬ神に祟りなしかな?時が解決するのを待つほうがいい気がしないでもない。

 ここら辺一帯の花は大体取り尽くしたんで移動しようとすると、セリスは黙ってついて来る。


 無言で花を摘む俺。無言で森を見つめるセリス。

 なにこれ?気まずいんですけど?牛舎の沈黙より数段きついんですけど?あの時は夜中っていう雰囲気のせいで、なんともいえない気まずさだったんだけど、今回は粘っこい重りが身体にまとわりついてくるような気まずさだ。胃がやられるタイプの。


「……やっぱり怒っているだろ?」


 耐えきれなくなった俺がおずおずとセリスに話しかける。セリスは木にもたれかかりながら、少しだけ顔を俺のほうに向けた。


「だから怒っていません。怒る理由もありませんし」


「いやでもその態度は」


「もし怒っていると感じているのならば、それはクロ様がしつこく聞いて来るからです」


「それは……ごめんなさい」


 完全に言いがかりだとか、俺が何かいう前から機嫌悪かっただろとかは言ってはならない。この状態のセリスに口答えしたところで状況は悪化するだけ。ここはグッと堪えて非を認める。そして、嵐が過ぎ去るのを待つ。情けないぜ俺。

 でも、こうやって素直に謝れば……?


 セリスは溜息をつきながら、こちらに歩み寄ってきた。


「……私も少しカリカリしていかもしれません。申し訳ありませんでした」


 ほーら、こうやってセリスも謝って来るんだ。我慢しがいがあるってもんだぜ。


「ただ、クロ様は少しフレデリカに鼻の下を伸ばしすぎですよ?今は職務の真っ最中なんですから」


 あぁ、それを怒っていたのね。確かに仕事中にデレデレしてんのは良くないわな。お堅いセリスの考えそうなこった。


「悪かった。今度から気をつけるよ」


「そうしてください」


 ほっ……やっとセリスの纏っている空気がやらかくなったぜ。さっきまで全身鉄のトゲで覆われた鎧を着ているみたいな感じだったからな。アイアンメイデンかお前は。


「私も手伝います」


「おう、助かるわ」


 セリスが俺の隣にしゃがみ込んで花を摘み始める。うんうん、とりあえず完全に機嫌は直ったようだな。おっと、それならあれを聞いてみよう。


「花摘む前に俺の摘んだ花が染色に使えるか見てくれ」


 俺は空間魔法に収納していた花をとりあえずこの場に全部出した。我ながら結構摘んだな。軽く山が出来上がったぞ。


「かなり摘みましたね……」


 それは気まずさを紛らわせるために、無心になって花を摘んでたからな。セリスは俺が出した花を手にとり、軽く確認していく。


「多分大丈夫じゃないでしょうか?私もそこまで詳しくはありませんが、色鮮やか花ばかりなので。ですが……」


 セリスが摘み取った花の山を見渡した。


「やたらと青い花が目立ちません?」


 セリスの言う通り集めた花の六、七割は青っぽい花だった。そりゃそうだ。セリスの機嫌が直るようにと死に物狂いで集めたんだから多いに決まってる。


「よっぽど青がお好きなんですね」


 はっ?なに言ってんだこいつ。


「青が好きなのはお前だろ?」


「えっ……?」


 セリスが大きく目を開かせる。えっ?なにその反応?まさか俺間違えた?

 いっつも青いブローチやら青い髪留めしてるから、てっきり青が好きだと思って青い花ばっか集めたんだが……。


「確かに私は青が好きですが……その事をクロ様に話しましたか?」


「……勘だよ、勘!なんとなくそう思ったんだよ!」


 身につけているものから判断した、なんて絶対に言えない。言った瞬間セクハラ認定で今夜は幻惑魔法行き確定だからな。

 俺が心を読まれないように仏頂面で顔を背けると、セリスは目を二、三度パチパチと瞬かせ、すぐに微笑を浮かべた。


「……そんな事で私の機嫌は直りませんよ?」


 顔を背けたぐらいでは、セリスさんのマインドスキャンからは逃れられませんでした。くそが。

 あーそうだよ!どうせ俺の考えは浅はかだよ!


「もういい!さっさと花集めて帰るぞ!」


「……はい」


 半ばやけくそ気味に俺は花を摘み始める。その隣でセリスは鼻歌を歌いながら花を探していた。


 なんだよ、結局上機嫌になってんじゃねぇか。まじで女心はわからん。誰か教えて偉い人!


✳︎


 夕方まで二人掛かりで大量の花を集めた俺達は、さっそくフレデリカに報告する。

 ただ、せっかくセリスの機嫌が直ったのでフレデリカの部屋には長居せず、花をどこに持ってけばいいかだけ尋ねたらさっさと退散した。


 フレデリカに言われた場所はフローラルツリーの上の方にある衣類の工場。そこでは他のウンディーネ達が忙しなく洋服を作っていた。


「……なんかみんな地味な格好してねぇ?」


 俺は残念だかホッとしただか、なんとも言えない表情を浮かべる。

 ここで働くウンディーネ達が着ている服は完全に作業着だった。しかも全員暗い色の服を着ている。

 フレデリカ(あれ)の服が相当派手だったからなぁ……てっきりウンディーネっていう種族はそういうもんだと思ってたけど。


「これでわかりましたか?フレデリカは特殊なんです」


 そうだな。これを見た後だとあいつが特殊だってのがよくわかる。いやここにいるウンディーネ達も目鼻は整っているやつが多いんだよ?だけどなんつーか……色気が全然足りない。


 俺は一番近くにいたウンディーネに声をかけた。


「あのー花を持ってきたんだけど?」


「ひひひひひゃひゃひゃい?」


 えっ?なにそのおもろい笑い声?あっ違った。緊張して噛んだだけか。そんなに緊張する事ないのに。


「花はどこにおけばいい?」


「あのそのえと、あああ集めてきてくくくくくれたださったんでしゅか!?」


 お、おう。ものすげぇテンパリ具合。


「しきしきしき指揮官様にょおおおておておてわじゅらわしてしゅみましぇん!」


 うん、聞き取れたのは指揮官とおておておて。俺は犬じゃないよ?

 俺が戸惑いながら目でセリスに助けを求めると、セリスは微笑みながら優しく声をかけた。


「ウンディーネさん?お名前聞いてもよろしいですか?」


「セ、セリス様……!わ、私はレミと申します……」


 セリスの笑顔が効いたのか、レミと名乗ったウンディーネの少女が徐々に落ち着きを取り戻す。


「レミさんですか、素敵なお名前ですね」


「あぁ……いえ、ありがとうございます……」


 レミは耳まで赤くしながら俯いた。名前を褒められて嬉しいのか、セリスの笑顔に照れているのかは定かではない。


「レミさん、クロ様はこんな無愛想な顔をしていますが噛んだりしません。だから怖がらなくても大丈夫ですよ?」


 おいちょっと待て。おかしいだろ。俺を獣扱いするんじゃねぇよ。ってか無愛想なのは生まれつきだこのやろう。


「ほ、本当に噛んだりしませんか?」


 うん、君も大概失礼だよね?俺のこと犬だと思ってるよね?じゃあさっきのおては本気で言ってたってこと?噛み付くぞ、こら。


「大丈夫です。噛んだら躾しますから」


 ボクハ悪イ犬ジャナイヨ。噛ミツカナイヨ。幻惑魔法恐イヨ。


 ともあれ、ようやっと俺の目を見てくれるようになったな。流石は水の精霊ウンディーネ、泳ぎもうまいだろうが目を泳がすのもうまい。


「じゃあ気を取り直して……集めた花はどこに置けばいいかな?」


 なるべく優しく話しかける。それでもブルブル身体を震わしているけどな。


「あ、こ、ここに出していただければ……」


 俺とセリスが顔を見合わせる。


「本当にいいのか?」


「結構な量になりますよ?」


 俺達が心配そうな顔で尋ねると、レミは不器用な笑みを浮かべながら、自分の胸を叩いた。


「だ、大丈夫です!これでも色の仕分けはと、得意なんで!ど、どんとこいです!」


「んー……色の仕分けの得手不得手は関係ない気がするが、まぁいいか」


 俺は遠慮なく空間魔法を発動させる。そこから雪崩のように溢れ出す色とりどりどりの花。そして、その花をもろにかぶって生き埋めになるレミ。これぞ本当の花葬。


「ってなに全部出してるんですか!?少しずつ小出しにしていくに決まっているでしょ!」


 慌てて花の中にセリスが飛び込みレミを救出する。いやぁー思わず全部出したちまったぜ、てへぺろ。


 結局、レミにはもっと怖がられてしまいましたとさ。


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