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5.戦いに解説役は重要

 背後の気配を探る。うん、なんとかみんな逃げていったようだ。人っ子一人いやしない。……一人ぐらい俺を心配して残ってくれても良かっただろうに。


「逃してくれるなんて随分余裕だな」


 俺が声をかけるとルシフェルとかいうやつはあろうことか、笑顔を向けて来やがった。レックスとは違うタイプのイケメン、可愛い系男子ってやつか。イケメンは死ね。


「そうだね……気の向くままに暴れてやろうかと思ったけど、君を見たら気が変わっちゃった」


「そうかよ」


 俺は倒れている魔族に手を向け、一瞬で魔法陣を構築する。アトムはそれを見てビクッと身体を震わしたが、ルシフェルは微動だにしなかった。


「"癒しの波動(エクストラヒール)"」


 使ったのは回復魔法の上級魔法(トリプル)。レックスから受けた傷がものの見事に消えていった。アトムは驚いているみたいだけど、ルシフェルはニコニコ笑いながらこっちを見ているだけ。ちっ、意外な行動で驚かしてやろうと思ったのによ。


「それなら、今ので気が変わって帰ってくれねぇか?」


「そのためにアトムの傷を?ふふふっ……やっぱり面白いね君は。興味が出てきちゃったよ」


 ここでまさかの恋愛フラグ。馬鹿野郎!どんなに美男子だろうと俺は男はNGだ!しかもこいつはどう考えてもヤンデレタイプだろ!ショタイケメンヤンデレとかマニアックすぎるわ!


「俺はお前に一切興味がない。悪いけど帰らせてもらうぞ」


 極力つまらなさそうな表情を浮かべながら踵を返す俺。いけるか?このノリでうやむやにしてここから退散できるか?


「待ってよ」


 無理でした。


「遠いところから、はるばるこんな敵地まで来たんだよ?……だから、ちょっとだけ相手してくれないかな」


 ルシフェルが自分の身体に魔力を滾らせたその瞬間、アトムの視界から二人の姿が一瞬にして消えた。気がつけば先程まで二人が向かい合っていた中心で、互いの拳がぶつかり合っている。


 ドゴーン!!


 おおよそ拳がぶつかった音とは思えない程の衝撃音。二人の足元から無数の亀裂が地面に走り、衝撃波が巻き起こる。


 血を吹き出したのはルシフェルの腕の方だった。


「へー……血を流すなんて何年振りかな?」


 ルシフェルは拳を引きながら楽しそうに笑っている。対するクールな表情を浮かべている俺はというと。


 いってぇぇぇぇぇぇ!!!!


 なんだあいつの拳!?鉄!?ダイヤ!?オリハルコン!!?おかしいだろ!?

 あいつの殺気を感じて咄嗟に最上級(クアドラプル)身体強化(バースト)かけといてよかったわ!これやってなかったら、腕どころか身体が木っ端微塵だったぞ、まじで!!

 しかも、初級(シングル)身体強化(バースト)でこの速さと硬さかよ!!無理ゲーなんてもんじゃねぇぞ、これ!!


最上級(クアドラプル)身体強化(バースト)とか、魔族の中にも使えるやつは中々いないよ?僕も身体強化(バースト)は苦手だから上級(トリプル)までしかできないし」


 てめぇは身体強化(バースト)なんか必要ねぇんだよ!こいつが最上級魔法(クアドラプル)使えたらこの世界終わるわ!


「手加減はいらなさそうだね」


 うんうん、と頷いてさらっと上級(トリプル)身体強化(バースト)を施す。それはないわーひくわー上級(トリプル)はきついわー。


 とにかくこんな強化じゃ一瞬で粉々にされる。俺は最上級(クアドラプル)身体強化(バースト)をさらに三つ増やし、両手両足を強化した。


身体強化(バースト)を複数箇所に!?しかも全部最上級(クアドラプル)!?」


「あははは!!本当、君何者よ?」


 信じられないものを見たといった様子のアトムとは対照的に、この上なく上機嫌なルシフェル。こいつ、笑いながら殴りかかってくるんだけどまじ怖い。


 えっ、てか押されてない?こっちは腕と足に四重ずつと、合計十六個もの魔法陣を使ってんだよ?あっちはたかだか三個よ?おかしくない?

 打撃はなんとか受け流せてるが、スピードで完全に上にいかれてやがる。


「そんなのろまじゃ僕には勝てないよ?」


 しかも、ルシフェル自身もその事に気がついてる。その上で俺より少し早いくらいに自分の速度を調節してんな。


 ちょっとイラっとしたわ。


「吠え面かかせてやるぜ」


「っ!?そう来るんだね!!」


 俺は連続で転移の魔法陣を描きまくり、ルシフェルを翻弄する。奴がどんなに速かろうが、こちとらノータイムで移動してるんじゃ!これでスピードのアドバンテージは消えたも同然だろ!


「転移魔法だと!?あの複雑な魔法陣を一瞬で描いてるのか!?」


 あー説明役のアトムさんご苦労様です。確かに火属性魔法とかに比べれば難しいなこれ。うんまぁ、慣れだよ慣れ。


 お互いが攻撃を紙一重で躱していく中、ルシフェルは大きく俺から距離を取った。


「これならどうかな?」


 ルシフェルが笑顔で腕をあげると上空に三メートルほどの魔法陣が四つ。三メートルってバカかよ。複数魔法陣の大きさじゃねぇよ。規格外すぎんだろ。しかもよく見たらあれ全部最上級魔法(クアドラプル)じゃねぇか。やべぇよやべぇよ。


「それ行くよ!"四大元素を司る龍エレメンタルドラグーン"!!」


 魔法陣から火、水、地、風属性のドラゴンが四匹出現する。そして、全部が当然のように俺に向かって来やがった。やべぇよやべぇよ。


 だけどな、魔法陣に関しては負けてらんねぇんだな、これが。


 俺は一種(ソロ)で描ける最大の魔法陣を描き出す。


「なっ……!?」


 浮かび上がった魔法陣のあまりの大きさにアトムは言葉を失った。その大きさはルシフェルの魔法陣を遥かに凌駕している。

 はっはー驚きやがれ!ってルシフェルの野郎は興味深げにこっち見てるだけじゃねぇか!ちょっとは期待通りのリアクションをしろっつーの!


「"全てを打ち消す重力グラヴィティバニッシュ"」


 作り出した魔法陣は重力魔法の最上級魔法(クアドラプル)。こいつは特に難しいから描けるようになるまで苦労したんだぞ。

 魔法陣から放たれた魔法は不可視の圧力。だが、それはこの場にあるもの全てを押しつぶす。

 ざまぁ!お前のドラゴン、魔道車に潰された蛇みたいになってんじゃねぇか!


「重力属性の最上級魔法(クアドラプル)をこの規模で打てるとは、もしかして魔族の仲間?」


「けっ!一緒にすんな。俺は正真正銘の人間だ」


「こりゃ、怪物みたいな人間がいたもんだ」


 なーにが怪物だよ!お前も一緒に押しつぶしてやろうと思ったのに、片手上げるだけで防ぎやがって!あっ、アトムさんはそのまま地面とチュッチュしててください。


「……そろそろ本気を出してくれないかな?」


「はぁ?」


 何言ってんだこいつ。十分本気出してんだろうが。つーか本気出してなかったら一瞬で塵にされてるわ。

 ルシフェルが呆れるように肩をすくめるとやれやれ、と頭を振った。今こいつめっちゃムカつく顔してる。ぶん殴りたい顔してる。


「こんな児戯みたいな魔法陣には興味がないって言ってるんだよ?」


 かっちーん。

 おいおいおいおい。

 言っちゃあならねぇこと言ったなこいつ。


 俺の魔法陣が児戯だと?


「俺の魔法陣が児戯だと?」


 ムカつきすぎて思ってること言っちゃった、てへぺろ。

 こいつは許さん、まじで許さん。さっきの言葉、貴様の死をもって償ってもらおう!


 俺は怒りに任せて地面を蹴り、ルシフェルから離れると、ありったけの魔力を練り始めた。



「アトム!」


 やっとの思いで重力から解放されたアトムが、ルシフェルの声に反応して慌てて側に駆け寄る。


「お呼びでしょうか?」


「僕の近くにいた方がいいよ」


 それだけ言うと、ルシフェルはクロムウェルに期待の眼差しを向けた。アトムはそんなルシフェルを見ながら尋ねるべきか少し悩んだ後、意を決したように口を開く。


「……ルシフェル様、一つよろしいでしょうか?」


「なに?」


 ルシフェルが顔を向けずに返事をした。アトムは構わず質問を続ける。


「我はあの者が使う魔法が児戯だとはとても思えないのですが」


「そりゃそうだよ。あんな破壊力の魔法、ピエールでも難しいんじゃないかな?」


 あっけらかんと言い放つルシフェルに、アトムはおもわず目を丸くした。


「それならばなぜ……?」


 アトムは怪訝な表情をすると、ルシフェルは片時もクロムウェルから目を離さず、どう猛な笑みを浮かべる。


「見てみたいんだよ。彼の本気をね」


 その瞬間、魔力が練り上がったのかクロムウェルが魔法陣を構成し始めた。その身体から溢れる魔力で山全体が震えている。


「なんと……!?」


「これは……すごいね。予想以上だよ」


 アトムはこれ以上開かないくらいにあんぐりと口を開け、ルシフェルですら笑いながら目を見開いていた。


 クロムウェルの頭上に現れたのは七つの巨大な魔法陣。全てが最上級魔法(クアドラプル)。しかも、驚くべきことにその一つ一つが違う属性のものであった。


「火、水、地、風……それに雷と氷。さらに重力もか。こんなの食らったらひとたまりもないね」


 言葉とは裏腹にルシフェルはこの状況を楽しんでいる。だが、横にいるアトムはそれどころではない。


「お、お逃げください!これは危険過ぎます!」


「おそらく無駄だろうね。長距離移動の転移魔法は時間がかかるから間に合わないよ。かといって、今から走って逃げてもあの規模の魔法には飲み込まれるだろうね」


「な、ならばどうすれば……?」


「アトム。僕の背中にしっかり隠れているんだよ」


「ル、ルシフェル様?」


 ルシフェルはアトムを守るように前に立つと、手を前に伸ばし、何もないはずの空間をギュッと握りしめた。



 はっはっはー!その目ん玉ひん剥いてよく見やがれ!

 これがクロムウェル様の秘奥義、七種(セプテット)最上級魔法(クアドラプル)だ!!

 今更泣いて謝ってもやめてやらねぇぞ!つーかもう俺の力じゃ止められん!


「いくぞ魔族共!こいつが俺の全力だ!!"七つの大罪(セブンブリッジ)"!!」


 六つの属性の最上級魔法(クアドラプル)を重力魔法が無理やりまとめ上げる。するとあら不思議、一つの極光波の完成。原理は知らん。


 収束した極太の真っ白いレーザーが魔族二人に襲いかかる。

 悪いがこれは虚仮威しじゃないぜ。前に試し打ちをした時、力を抑えていたにも関わらず、学校の訓練場を吹き飛ばしそうになったくらいの威力だったからな。今回は掛け値無しの本気だ。塵も残さず消し飛ばしてくれるわ!


 10秒ほど続いたレーザーが静かに消えていく。被害を出さないように少し上に向けて撃ったのだが、そのせいで今いる場所から山の頂上にかけて、綺麗さっぱり無くなってしまった。……ま、まぁ魔族を倒した代償だ!校長も許してくれるはず!


 それにしても魔族倒しちゃったなー。もうこれ俺が主人公でいいだろ。誰も文句言わんだろ。

 土埃が徐々に晴れていく。死体を確認しようにも、どうせこの世から消滅しちゃってるからできないよな。困った困った。帰ってシャワー浴びて寝よ。…………ん?


「やれやれ驚いたよ。まさかアロンダイトを使わされる羽目になるとは」


 恐る恐る声のする方へと目を向ける。そこにはボロボロになりながらも、五体満足の姿で笑っているルシフェルの姿があった。その手には真っ黒な剣が握られている。後ろで白目をむいて倒れているアトムは無視。


「おまっ……まじで化け物かよ!」


「君に言われたくないな。今のは流石に死にかけたよ」


 確かに身体の至る所から血は出ている。出てはいるが深刻なダメージは一切受けていない様子。

 いやこれは参ったね。流石に詰みですわ。

 今の魔法でほとんど魔力使い切っちまったし、もう一発さっきの撃ってもあれは倒せねぇぞ、多分。

 つーかあの黒い剣はなんだ?ルシフェルと同じくらい嫌な感じがするんだが。あんな武器持ってるとか反則だろ!!


「さて……流石にそろそろネタ切れ……というよりは燃料切れかな?」


 ルシフェルが笑みを浮かべながらゆっくりとこちらに近づいてくる。


 あーぁ。なんとかなりそうだと思ったんだけどな。どうやら俺はここまでみたいだ。

 まぁ、でも……物語の主人公をこんな所で死なないように守ったってだけ、頑張った意味はあったかな?

 今は逆立ちしたって勝てないだろうけど、あいつは勇者になる男だ。いつか強くなってこいつを倒してくれるだろうよ。


 俺は軽く笑いながら最後の魔力を絞り出した。


「あれ?まだ何か見せてくれるのかな?」


「まーな。人間様の最後っ屁ってやつだ」


 魔法陣を構築する。描ける限度は五つ。十分だ。

 目を閉じ、集中力を極限まで高めていく。成功率は五割ほど。どちらにせよやられるんだ、試さないという選択肢はない。

 描いた全ての魔法陣を丁寧に重ね合わせ、自分の身体に組み込んでいく。些細なズレも許されない。

 魔法陣が身体に馴染んでいくのを感じる。よし、成功だ。


「……本当に君には驚かされるよ。そろそろ人間だっていう嘘を訂正する気にはなったかい?」


 ゆっくりと目を開けると、前に立っているルシフェルがこめかみから汗を流していた。


「ほざけ。俺は普通の人間だっつーの」


「魔族だって究極(アルテマ)身体強化(バースト)なんて出来ないよ。そもそも試さない。普通に考えたら魔法陣に耐えられなくて爆発四散するからね」


「やる前からできないなんて言ってる昔のお偉いさん方は嫌いでねぇ」


「それは僕も同感かな?」


 ルシフェルが静かにアロンダイトを構える。この身体強化(バースト)はもって数十秒。これが本当にラストチャンスだな。


「ねぇ、一ついいかい?」


「なんだよ?」


 せっかく人が意気込んでるっつーのに。なんだあれか?命乞いか?いいだろう、今なら見逃してやる!さっさとお前の国に帰るんだな!帰ってくださいお願いします!


「この勝負、僕が勝ったら一つだけお願いを聞いて欲しいんだ」


 僕が勝ったら?何言ってんだ?お前が勝つに決まってんだろ。つーか、お前が勝ったら俺死んでるっつーの。

 だが、ルシフェルの表情はさっきまでの戦いを楽しむようなものではなく、至って真剣なものであった。


 ……なんか調子狂うんだが。


「……別にいいけど。どうせ死んでるだろうし」


「決まりだね。その言葉忘れないでよ」


 その言葉を合図に、ルシフェルと俺は同時に地面を蹴った。


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