9.恐怖政治はなんだかんだで有効
俺は目の前で列を作って並んでいるオーク達を睨みつけた。人数は百人ほど。誰一人として整列させられている理由がわからない様子。
「これで働いているやつ全員か?」
「はい……全員が牛舎にいましたので」
タバニが額の汗をぬぐいながら答えた。働いているやつ全員……つーことは全員牛舎でだべってたってことかよ。ますますもって気に入らねぇ。
「俺は魔王軍指揮官のクロだ」
俺は厳かな口調で名乗りをあげる。驚いたそぶりが無いところを見ると、指揮官が来ることは全員知っているようだった。俺が来る事を承知であの態度だったってことか。ほほう。
「知っての通り、今回俺は視察としてこの場所に来ている。その意味がわかるか?」
俺の問いかけに何人かのオークが微妙な表情で頷き応える。あとのオーク達は未だに困惑しているようにキョロキョロと辺りを見回していた。
「お前らの仕事振りを見に来たって事だよ」
オーク達がビクッと身体を震わせる。俺はそんなオーク達の顔を一人一人睨みつけていった。
「まだ視察を初めて三十分ほどだと言うのに、お前らの怠慢さは目に余る。休憩時間だかなんだか知らないが、一箇所に集まって全員がだらだらしやがって……はっきり言ってお前らは何の役にもたってない」
俺の言葉に多くのオーク達が顔を顰める。おいおいおい……そんな顔する権利あると思ってんのか?愛くるしい動物達をほったらかしにしてグータラしていた君達が。
俺はそんな粘りつくようなオーク達の視線を完全に無視して話を続ける。
「今日から俺がこの手でお前らを矯正する。地獄を見ることになるだろうから、覚悟しておけよ」
しんっと場が静まり返えった。怪訝な表情を浮かべていたオーク達からは、今は敵意しか感じられない。自分達の楽園がわけのわからない奴に踏み荒らされそうになってんだ。それも仕方がないことだろうよ。でも、こっちだって譲れねぇんだ。虐げられている動物達を救えるのは俺しかいない。
「…………ふざけんなよ」
まぁ、そうなるわな。俺は眉を吊り上げて前に出て来たオーク達に目を向ける。
五人か……思ったよりも少なかったな。二十人くらいは反発すると思ったが。俺の想像以上にオーク達は面倒臭がり屋らしい。
「……なんか文句あるのか?」
「あるに決まってるだろ。俺達はこれまでだってこのスタンスでやってきたんだ。それで問題になったことなんか一度もない」
「なのにわけのわからない奴がいきなりやってきて、俺達を矯正するだと?調子に乗ってんじゃねぇ!」
おー吠える吠える。威勢がいいやつは嫌いじゃねぇぞ。
「そもそも人間とかいう群れなきゃなにもできないクズが、一人で粋がってんじゃねぇぞ!」
「袋にされたくなかったら、さっさとここから失せろ!」
あー……これはいけませんねぇ。人間の恐ろしさをわかっていないと、お前らすぐに戦場で死ぬことになるぞ。
俺はちらりとセリスに視線を向ける。セリスは心配そうに俺とオーク達を眺めていた。どちらを心配しているかなんて聞くまでもない。
「……俺は魔王軍の指揮官だぞ?」
俺が最後通達を突きつける。これで引かなきゃ知ったこっちゃない。
「だからどうした!?そんなの関係ねぇ!」
「ビビらせようと思ってんなら無駄だぞ!」
まったく……俺がビビらせるために言ったと思うか?魔王軍の指揮官になる男が普通の人間なわけないだろ。バカが。
俺は一瞬で上級身体強化をかけると同時に、転移魔法で五人の懐に入り込む。そのまま目を見開いているバカ五人を軽く蹴り飛ばした。
再び静まり返るオーク達。俺は何事もなかったかのように元の場所に戻る。チラッと目を向けると、タバニは口をあんぐりと開けたまま固まっており、セリスは頭に手を添え左右に顔を振っていた。
「……やり過ぎです」
「そんなことねぇだろ。ちゃんと手加減した」
俺は蹴り飛ばしたオーク達を指差す。全員白目は剥いているがちゃんと生きてんじゃねぇか。セリスは俺の顔を見ながら盛大にため息をついた。
「まぁ、魔王軍指揮官に逆らったツケなので致し方ないことですが……それにしても、らしくないんじゃないですか?」
俺はセリスの視線から逃れるように顔を背ける。俺だってこんな恐怖で縛るなんて真似したくねぇよ。でも、こいつらを変えるには三日しかないんだ。正直、やり方に拘っている時間なんてない。誰だよ三日とか言ったやつ!マジで後先考えてねぇよ!……あっ俺か。くそが。
「他に物申したい奴はいるか?」
俺が静かに言うと、全員が背筋をピンっと伸ばし必至に首を左右に振る。
「よし、じゃあこれから俺が動物達との接し方を懇切丁寧に教えてやる」
「「「「…………」」」」
「……返事は?」
「「「「は、はひぃ!!!!」」」」
俺の怒声にオーク達がピシッと敬礼で返した。俺はうむ、と一つ頷くとセリスに向き直った。
「今日はもう帰っていいぞ。あと明日もセリスは休み。アルカと一緒にいてくれ」
「えっ……ですが」
「これは指揮官としての命令だ」
俺がぴしゃりと言い放つとセリスは不承不承といった感じで頷き、そのまま転移魔法で帰っていく。よしよし。これからこいつらを調教しなきゃいけないんだ、セリスの目には刺激が強すぎるだろう。
「さて、と。邪魔者もいなくなったところで早速行くぞ。お前ら!ついてこい!そこで寝転がってサボってる奴らも引きずってこいよ!」
「「「「はい……」」」」
「声が小さい!!!」
「「「「はいっ!!!」」」」
オーク達は慌てて俺が蹴り飛ばした奴らを肩に抱え始めた。
こういうやり方は好きじゃねぇがもうやるって決めたんだ。こうなったら徹底的にこいつらをしごいてやる!
✳︎
「はぁ……」
「ママ?どうしたの?」
「えっ?あっ……なんでもないですよ」
自分のため息に敏感に反応したアルカにセリスは笑顔を向ける。
二人が今歩いているのはアイアンブラッドの街。突然休みを言いつけられたセリスは、アルカの希望でボーウィッドを訪ねにきていた。
相変わらず他の種族などほとんどおらず、街中を歩いているアルカとセリスはかなり目立つのだが、よほどセリスと一緒にいられるのが嬉しいのだろう、そんなことは御構い無しにアルカは鼻歌を歌いながら、腕をルンルンと振っていた。そんなアルカをセリスが微笑ましく見つめる。
「今日はねー、ボーおじさんが工場を案内してくれるんだ!」
「そうなんですか。それは楽しみですね」
嬉しそうに報告してきたアルカにセリスは笑顔で答えた。転移魔法を覚えてからというもの、アルカはしょっちゅうアイアンブラッドの街に遊びにきているようだった。その証拠に、道行くデュラハンがアルカを見ると何も言わずに手を振っており、アルカも元気に挨拶していた。
「アルカはこの街で人気者なんですね」
「うん!みんなあまり喋らないけど、アルカに優しくしてくれる人達ばっかなんだー!」
「それは良かったですね」
セリスはそれを聞いても特に驚くことはない。デュラハンは他種族と関わりたくない種族だと勝手に思い込んでいた以前の自分であれば、決してそんなことはなかっただろう。自分の心境の変化にセリスは思わず苦笑いを浮かべた。
「それでね!みんなパパに感謝してるんだ!だからみんなが優しくしてくれるのはパパのおかげなんだよ!」
「……そうですか」
突然風のように現れ、デュラハン達の常識をぶち壊していったクロ。今ではボーウィッドの工場だけでなく、他の工場でも食事処が作られているらしい。
全くもって変な人間だ。
常軌を逸した魔法陣の腕前を持ちながら、それに驕って弱者を傷つけようとはしない。
敵の種族であるはずの魔族のために何かをしようとして躍起になったりする。
基本的には適当に生きているにも関わらず、時たま見せる何かに真剣に打ち込む姿は……なんというかカッコ良かった。
それでも……。
「やっぱり気になりますね……」
今日もクロは朝早くから一人でオーク達の所に行っている。昨日の夜、帰ってきた時にどんな様子なのか尋ねたらクロは全く問題ない、と言っていた。
その言葉を鵜呑みにするのであれば何も心配することはないのだが、セリスはその時のクロの不敵な笑みがずっと頭に引っかかっていた。
「……面倒事を起こさなければいいのですが」
セリスはアルカに気づかれないように小さく息を吐くとアルカと共にボーウィッドの工場兼自宅へと歩いて行った。





